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第十七話 長編小説のクライマックスを書く――が!
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「エルシーお嬢様! お見事でしたぞ! あの勇姿! 旦那様と奥様にも見て頂きたかったですぞ!」
屋敷に帰り着くなり、ワイアットが感動に目を潤ませながら言った。
「そんな……こうして無事に帰り着けたのは、トニーとワイアットのお陰よ」
俺は思い切り謙遜する。と言うか謙遜じゃなくて本当のことだ。
それにナイフを持ってた男を倒せたのは、マライアが使った魔法のお陰だ。
「マライア。ありがとう! 私があの男に立ち向かえたのは、マライアが手助けをしてくれたからよ!」
俺は隣にいるマライアに笑顔でお礼を言う。
「ううん。エルシーが呪文を唱える時間を稼いでくれたからよ」
等々、お互いを称え合い、謙遜し合い、誰も怪我を負っていないかを確認し合うと、俺とマライアは運動用の服に着替え庭へ向かった。
倒した男達は、馬車に積んであった縄でトニーとワイアットが縛り上げると。
ちょうどケーキ屋の店主が呼んでくれた自警団が来て、縛られたまま引っ立てられて行った。
そのあと自警団だけじゃなく、独立騎士団もやって来て、現場検証に付き合って、事情説明などもして屋敷に戻ったのは、夕方になってしまった。
ダリルは律儀に庭で自主鍛錬しながら待っていてくれて。
俺達が襲われたことはキアランから連絡が行っていたらしく、俺とマライアの姿が目に入ると「無事で良かった!」と心から喜んでくれた。
まあ、その日の訓練はさすがに無しになったけどな。
あ、それと。
マライアが魔法使いの子孫であることを、ワイアットは知っていたが、トニーは知らなかったようで驚いてはいたが、怖がってはいなかった。
寧ろ、俺を助けたマライアに感謝していた。
「エルシーお嬢様がご無事だったのは、マライア様のお陰です! ありがとうございます。ありがとうございます!」
とマライアの両手を握り締め、何度も何度もお礼を言っていた。
あ、自警団や独立騎士団にはマライアが魔法使いの子孫だってことは言っていないぞ。
そこのところはワイアットが上手くごまかしてくれた。
そう言えば、ダリルは知らないかもなんだよな。
マライアが魔法使いの子孫だってこと。
まあ、ダリルのことだから、それを知ったとしても変に態度が変わるとは思えないが。
俺達を襲った男達は、マーチャント商会を恨んでいる武器商人の一団に雇われたらしかった。
らしかったとしか言えないのは、男達が中々口を割らないからだ。
俺達に撃退――と言うか、特に弱いと思っていたエルシーお嬢様こと俺に、ボッコボコにされて意固地になっているらしい。
ともあれ、あとは自警団と独立騎士団に任せるしかない。
しかしだ……マーチャント商会って基本的に独立騎士団にしか武器を売ってないのに、なんで武器商人から恨みを買ってるんだろう?
マーチャント商会が質の良い武器を仕入れてるからかな?
両親共にあまり屋敷には帰って来ないけど。それは商売が順調だからだ。
俺が『体を鍛えて自分の身くらいは守れるようになりたいからダリルに護身述を教えて貰いたい』と言えば。
ダリルに週の半分の休みを与えて護身述を習う時間も取ってくれた。
『魔法』に偏見は無いし、屋敷に帰って来れた時は、俺の話もしっかり聞いてくれるし、可愛いがってくれる。
良い両親だと思う。
それに――っと! しまった! タイプライターの前に座ってたのに、殆ど執筆が進んでいない!
簿記の勉強が少し遅れ気味だからって理由をつけて、『今日は、夜勉強する為の油をいつもより多めに欲しい』ってワイアットに直接頼んだのに!
何別の考えに耽ってるんだよ。俺は!
昼間のことは横において、俺は執筆に集中する。
ダカダカダカダカ! ダカダカダカダカダカダカダカダカ! ダカダカダカダカダカダカダカダカ!
レバーを動かして改行。
――だあっ! キーボード打つのに力が必要過ぎる! 重い! 面倒くさい! なんでタイプライターってのはこうも……じゃなくて! 今更言っても意味は無い! 俺は諦めないぞ!
で俺は今夜中にエピローグ直前まで書き上げる予定だっ……かやはり、無理っぽい……。
ええい! ランプの油が尽きるギリギリまで書いてやる!
と勢いのままにタイピングを続けること一時間……いや、二時間近く経っただろうか?
……つ、疲れた。
ランプの油はまだあるけど、少し休もう……。
【幻想世界の可愛い生き物達~幻獣に出会ってしまったあたしの運命は如何に?~】
のエルシーのプロットを見ながら書き始めた長編小説は、クライマックスに入ったところだ。
人間が好きな、もふもふで羊に似た幻獣アシミーカVS人間嫌いなカモシカに似た幻獣ガイ・ゼルは幻獣の聖域と呼ばれる山で対決する。
主人公のエイミナは半人前の魔法使い。アシミーカの勝率を上げようと守りの魔法を掛ける。
しかし、アシミーカは山を駆けることに関してはガイ・ゼルに敵わない。
そこでアシミーカが考えた作戦とは――
エイミナの一人称で進むこの物語は、大作だ。五章構成でどこか童話的。しかし、童話と言うには、厳しい現実なども書かれている。
この物語の主人公には……エルシー自身の憧れが投影されているのではないかと思う。
エルシーが持ちたかった、恐怖に負けない強い意志や物理的な強さは、幼い頃誘拐され掛かったトラウマを克服し切れず。
恐怖に打ち勝てて、暴力的な力を怖がらない自分の理想としてエイミアを作ったのかも知れない。
まあ、俺は本来のエルシーと違ってトラウマはない。サロンへ行く為にも明日からもっと訓練に励むぞ!
エルシーお嬢様はもう以前のか弱い深窓の令嬢とは違うってことをこれからも回りに嫌と言うほど、知ら示めてやる!
でも、サロンへ行けるようになるまでに、この長編は完結するかなあ――じゃない! 弱気になるな! 俺!
意地でも完成させるんだ!
あとはクライマックスとエピローグだけなんだ!
二ヶ月だ! あと二ヶ月で完成させてやるっ!!
――と決意した二ヶ月後。
俺は漸く――
(続く
屋敷に帰り着くなり、ワイアットが感動に目を潤ませながら言った。
「そんな……こうして無事に帰り着けたのは、トニーとワイアットのお陰よ」
俺は思い切り謙遜する。と言うか謙遜じゃなくて本当のことだ。
それにナイフを持ってた男を倒せたのは、マライアが使った魔法のお陰だ。
「マライア。ありがとう! 私があの男に立ち向かえたのは、マライアが手助けをしてくれたからよ!」
俺は隣にいるマライアに笑顔でお礼を言う。
「ううん。エルシーが呪文を唱える時間を稼いでくれたからよ」
等々、お互いを称え合い、謙遜し合い、誰も怪我を負っていないかを確認し合うと、俺とマライアは運動用の服に着替え庭へ向かった。
倒した男達は、馬車に積んであった縄でトニーとワイアットが縛り上げると。
ちょうどケーキ屋の店主が呼んでくれた自警団が来て、縛られたまま引っ立てられて行った。
そのあと自警団だけじゃなく、独立騎士団もやって来て、現場検証に付き合って、事情説明などもして屋敷に戻ったのは、夕方になってしまった。
ダリルは律儀に庭で自主鍛錬しながら待っていてくれて。
俺達が襲われたことはキアランから連絡が行っていたらしく、俺とマライアの姿が目に入ると「無事で良かった!」と心から喜んでくれた。
まあ、その日の訓練はさすがに無しになったけどな。
あ、それと。
マライアが魔法使いの子孫であることを、ワイアットは知っていたが、トニーは知らなかったようで驚いてはいたが、怖がってはいなかった。
寧ろ、俺を助けたマライアに感謝していた。
「エルシーお嬢様がご無事だったのは、マライア様のお陰です! ありがとうございます。ありがとうございます!」
とマライアの両手を握り締め、何度も何度もお礼を言っていた。
あ、自警団や独立騎士団にはマライアが魔法使いの子孫だってことは言っていないぞ。
そこのところはワイアットが上手くごまかしてくれた。
そう言えば、ダリルは知らないかもなんだよな。
マライアが魔法使いの子孫だってこと。
まあ、ダリルのことだから、それを知ったとしても変に態度が変わるとは思えないが。
俺達を襲った男達は、マーチャント商会を恨んでいる武器商人の一団に雇われたらしかった。
らしかったとしか言えないのは、男達が中々口を割らないからだ。
俺達に撃退――と言うか、特に弱いと思っていたエルシーお嬢様こと俺に、ボッコボコにされて意固地になっているらしい。
ともあれ、あとは自警団と独立騎士団に任せるしかない。
しかしだ……マーチャント商会って基本的に独立騎士団にしか武器を売ってないのに、なんで武器商人から恨みを買ってるんだろう?
マーチャント商会が質の良い武器を仕入れてるからかな?
両親共にあまり屋敷には帰って来ないけど。それは商売が順調だからだ。
俺が『体を鍛えて自分の身くらいは守れるようになりたいからダリルに護身述を教えて貰いたい』と言えば。
ダリルに週の半分の休みを与えて護身述を習う時間も取ってくれた。
『魔法』に偏見は無いし、屋敷に帰って来れた時は、俺の話もしっかり聞いてくれるし、可愛いがってくれる。
良い両親だと思う。
それに――っと! しまった! タイプライターの前に座ってたのに、殆ど執筆が進んでいない!
簿記の勉強が少し遅れ気味だからって理由をつけて、『今日は、夜勉強する為の油をいつもより多めに欲しい』ってワイアットに直接頼んだのに!
何別の考えに耽ってるんだよ。俺は!
昼間のことは横において、俺は執筆に集中する。
ダカダカダカダカ! ダカダカダカダカダカダカダカダカ! ダカダカダカダカダカダカダカダカ!
レバーを動かして改行。
――だあっ! キーボード打つのに力が必要過ぎる! 重い! 面倒くさい! なんでタイプライターってのはこうも……じゃなくて! 今更言っても意味は無い! 俺は諦めないぞ!
で俺は今夜中にエピローグ直前まで書き上げる予定だっ……かやはり、無理っぽい……。
ええい! ランプの油が尽きるギリギリまで書いてやる!
と勢いのままにタイピングを続けること一時間……いや、二時間近く経っただろうか?
……つ、疲れた。
ランプの油はまだあるけど、少し休もう……。
【幻想世界の可愛い生き物達~幻獣に出会ってしまったあたしの運命は如何に?~】
のエルシーのプロットを見ながら書き始めた長編小説は、クライマックスに入ったところだ。
人間が好きな、もふもふで羊に似た幻獣アシミーカVS人間嫌いなカモシカに似た幻獣ガイ・ゼルは幻獣の聖域と呼ばれる山で対決する。
主人公のエイミナは半人前の魔法使い。アシミーカの勝率を上げようと守りの魔法を掛ける。
しかし、アシミーカは山を駆けることに関してはガイ・ゼルに敵わない。
そこでアシミーカが考えた作戦とは――
エイミナの一人称で進むこの物語は、大作だ。五章構成でどこか童話的。しかし、童話と言うには、厳しい現実なども書かれている。
この物語の主人公には……エルシー自身の憧れが投影されているのではないかと思う。
エルシーが持ちたかった、恐怖に負けない強い意志や物理的な強さは、幼い頃誘拐され掛かったトラウマを克服し切れず。
恐怖に打ち勝てて、暴力的な力を怖がらない自分の理想としてエイミアを作ったのかも知れない。
まあ、俺は本来のエルシーと違ってトラウマはない。サロンへ行く為にも明日からもっと訓練に励むぞ!
エルシーお嬢様はもう以前のか弱い深窓の令嬢とは違うってことをこれからも回りに嫌と言うほど、知ら示めてやる!
でも、サロンへ行けるようになるまでに、この長編は完結するかなあ――じゃない! 弱気になるな! 俺!
意地でも完成させるんだ!
あとはクライマックスとエピローグだけなんだ!
二ヶ月だ! あと二ヶ月で完成させてやるっ!!
――と決意した二ヶ月後。
俺は漸く――
(続く
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