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第十三話 サロンを目指して訓練開始!

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 そして、エルシーに転生してから四ヶ月後……。

「ええと……今の感じでいのかしら?」

 俺は背後から羽交い締めにされた時の抜け出し方を習得した。

「そうそう。逆に力を抜いてしゃがっ――っと!!」

 体の力を抜けば、羽交い締めにした相手がとっさに支えようとする。

 相手の力を逆に利用して、そのまま勢い良くしゃがむ――と言うか、亀のように身を伏せながら体を斜めにかたむける。 
 
 するとダリルが地面に転がり、腕から逃れられたのでダッシュで走って逃げる!

 正面の場合はそもそも抱きつかれないようにいなさなきゃならない。

 兎に角、正面から抱きつかれた場合。じゃなく、そもそも抱きつかれないようにするのが一番だ。

 これがちょっと難しい。しかし、本来のエルシーならともかく、俺は元男だ。

 男の急所を潰す勢いで握れば一発だ。
 それは男だった俺が、実際に経験した痛みだから間違いない!
 
 いや、痴漢とかはしてないぞ!
 俺は潔白だ!
 学生時代に酒の勢いで女の子に、ぎゅうぅっと握られたんだ。
 
 手加減したと言ってたが『アレ』は痛い!! まともに呼吸が出来なくなる!! 動けなくなる!! うずくまるしかなくなる! 言葉にもできない痛みに襲われる!!

 冗談でやった。とか言ってたが『アレ』は冗談にはならないぞ……。

 で、正面から抱き付かれないようにする為には……ワイアットがくれた杖を使うことになった。

「ごめんなさいね。ダリル。大丈夫だった?」

「受け身を取ったから平気だよ」

 今日はマライアが専門学校へ行っていて、ダリルと二人切りだ。 
 
 でも、俺が生真面目にトレーニングをするからダリルもふざけたりせずに、トレーニングだけでなく護身術を教えてくれている。

 ワイアットからの情報だと……アシュトンは貴族だから噂程度だが、らしい。
 としか言えないのは残念だが。

 グレーかぁ……疑いたくはないんだがな……。

 それに今は庭に二人切り、俺をどうこうしようと思ったらいつでもできる状況なんだよな。

「あ、そうだ。エルシー」

 ダリルは置き上がりながら俺に言った。

「護身用の杖を振るうには、もっと体を鍛えなきゃダメだから、毎日少しずつ腕立て伏せもやって行こう」

 右手のこうのヒビは完全に治っているが、腕立て伏せかぁ……。

 長編は半分くらい進められたけど、腕立て伏せとなると、また遅れるんじゃないのかなあ……長編の執筆が……。

 エルシーのアイデアノートと共に、幾つかの短編と、書き掛けの長編もあったけど。

 長編を書くのはエルシーも苦労したんだろうな……。最初のほう以外は、殆どがペンで書かれていた。

 タイプライターってやっぱり打つのに、力いるんだよなあ。

 折角半分書けたのに、また遅れるのかぁ……あーあ……。

「エルシーに腕立て伏せは、まだ早いかも知れないけど、執事さんから渡された護身用の杖を使いこなすには、必用なことだと思う」

 うん。それは俺も分かってる。
 けどな……。

「杖での護身術もちゃんと教えるから。それに……エルシーは本が好きだよね?」

 俺は思わずダリルの顔を見つめる。

 まさか、ダリルはエルシーが小説を書いてること……!

 あ、いや、エルシーの部屋には本が沢山ある。

 だから単に本好きと思われているはず。

「……ええ。好きよ」

 答えるまでにが出来てしまった。

「じゃあ、ちゃんと護身術を習得したら、サロンへ連れて行ってあげるから。エルシーの好きな小説家の先生と会えるかも知れないよ?」 

 サロン!? サロンって上級の貴族とかが開いていて、色んな職種の人が集まって、小説家も含む芸術分野の人も大勢集まるサロンか!?

「本当に!? 本当に連れて行ってくれるの!?」

 サロンは成人した大人同伴じゃないと子供一人じゃ入れないんだよな。

 しかも一応、伝手ツテがないと入れないところだとエルシーの記憶にもある。

「本当にだよ。もちろん護身術がある程度形になって来たらだけどね」

「嬉しいわ! ダリル! ありがとうっ!」

 俺は感極まってダリルに抱き付いてしまう。

「おっ、とと……嬉しいけど飛び付かれるとは思わなかったな」

 少しバランスを崩しかけたが、ダリルはちゃんと俺を受け止めてくれた。

 ダリルには色々教わっているし、わりと密着していることも多いからな。
 
 羽交い締めにされた時の抜け出し方とか。さっきみたいなことはしょっちゅうだしな。

 だからかな? 自分からダリルに抱き付いたりするのは抵抗が無くなって来たんだよなあ。

 今も思わず抱きついてるしなあ。

「喜んで貰えて良かったよ。これで頑張れるよね?」

「もちろんよ! 頑張るわね!」

 俺はダリルから離れて、

「次は何をすればいのかしら?」

 と聞いた。

「次は……」

 と言いながら、ダリルは地面に伏せて、腕立て伏せを始めた。
 そのまま、

「エルシーは地面に膝をつけていから、最初は……そうだなぁ腕立て伏せを三回やってみようか」

 う~む。自信無いなあ。
 前の俺なら膝を付いた腕立て伏せなら、三回くらいは余裕だと思うんだけど……。

 ダリルは隣で軽々と……もう、十回以上はやってるんじゃないかな? 腕立て伏せ。
 
 ――ええい! 三回くらいなら出来ないことはないと思う! 多分……。

 で、やってみたんだが……。

「い、い~ち」

 な、なんか「クキッ」て音が腕から聞こえた。

「に~い」

 うぐ……既に辛い。

「さ…~ん」
 
 け、肩甲骨も「クキッ」って音が……しかも、二の腕が……プルプル震えそうな感じに……っ!

 ――ガクッ

 苦もなく腕立て伏せを続けるダリルの隣で、俺はなさけなくも地面に突っ伏した。
 
 あ、土じゃなくてちゃんと芝生の上だぞ。

「う~ん。辛そうだけど、無理じゃなさそうだね。毎日三回ずつやって行こう」

 ……本気か? とダリルのほうへ顔と視線を向けると、笑顔で返されてしまった。

 本気なんだな……いや、理にかなっていると思うし、ダリルも善意で言ってるのが分かるし……やるしかないか……けど、今日はもう無理だ……。

 俺は再び、ガクッと全身の力を抜いて芝生の上に突っ伏してしまった。


(続く
 
 
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