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第九話 トレーニング開始~マライアは駄々をこねる~

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 情報収集をワイアットに頼んでから数日。

 週が開けて、俺はマライアとダリルと共に、体力筋力増強の為のトレーニングを始めた。 
 
 と言っても、最初はお屋敷の庭をウォーキングするだけだが。

 サーヤに経由で、お抱え料理人に体力や筋力が付くような食事を作って貰うよう頼んだ。

 が、問題はエルシーの体がちょっと少食気味なんだよなあ。

 まあ、お屋敷の敷地内とは言え、日の光に当たるところで運動するんだ。

 これを繰り返していれば嫌でも腹が減るだろう。

 外はまだ少し寒いけれど、ちゃんとトレーニング用の服を着ていれば大丈夫そうだ。
 
 本当の十九世紀イギリスだと女性がズボンを履くなんて少なかったか、全く無かった時代だろうけど。

 ここは異世界だから、素材は違うしジッパーとかもないけど、ジャージに似た運動用の服がある。着ているのは、俺とマライアだ。

 ダリルはシャツとベストとズボンで上着を脱いだだけの姿。

 男爵で、騎士でもある父親に日々鍛えられているから、ウォーキング程度だとわざわざ着替える必要もないんだろうな。

 三人共に靴は茶色いブーツだ。

 マライアはワケあって体を鍛えてるが……どうやら専門学校でも体を鍛えてもいるらしい。
 
 マライアって本当になんの専門学校へ行ってるんだ?  

 ……で、ウォーキング前にマライアに言われて軽いストレッチをした。

 正直ウォーキングにストレッチは必要なのかな? と思ったが。

 マライアが背中にべったりくっ付き、ボリューミーなおっぱいを押し付けて来るから、ニヤけてしまいそうになりながらもストレッチをやった。

 ……が、次からはやめておこう。アキレス腱伸ばす程度にしないと、エルシーの体がもたない……。
 
 エルシーの体は硬いんだ。
 立ったままうつ向いて、両手の指先と足先をくっ付けるストレッチは無理だよ……。と言うかこれストレッチか?

 しかし、マライアはエルシーの体が硬いことを知ってるはずなのに……。 
 
 一体どうしたんだ?

「明日はキャラハン女史とのお勉強よね?」

 三人でお屋敷の庭を歩きながらマライアが問う。

「ええ。お勉強は一般の学校と同じくらいの速度で進めて下さっているけど、私は経理を覚えなきゃいけないから少し大変なの」

 経理はなあ。苦手じゃないんだが専門的な内容が入って来ると、とたんに難しくなる。

 レジも電卓も無いけど、何故か『そろばん』はあるんだよな。

 実際のイギリス十九世紀に『そろばん』は……あったような無かったような?

 ――で、まあ十九世紀イギリスに『そろばん』があったかは考えても分からないから、話を戻してだ。

 取り敢えず、庭を一周するのに一分も掛からないとかってワケじゃない。

 お屋敷の庭の広さは……現代日本で例えるなら、少し小さめの戸建て住宅六つ分くらいかな?  

 う~ん? でもこれくらいの広さならやっぱり軽いストレッチも必要無いと思うんだが。

 そして、まずは一周。今は二周目だ。  
 
 ……ん? なんかマライアの距離が妙に近くないか? 気の所為かな? いや、嬉しいけどさ。 

「経理か……そうよね。エルシーは家業を継がなきゃだものね。ダリルはもうテッド伯父おじ様の仕事を手伝ってるもんね」

 テッド・マーチャント。
 エルシーの父親。三十七歳。
 エルシーの婚約者であるダリルの父親。アラン・アシュトンの友人。
 テッドはやり手の商人。様々な品物を扱う万屋よろずや的な商売をしている。
 テッドとアランは仕事上の付き合いで知り合いになり、友人となった。

 テッドの設定に、ダリルの父親のことも少し書いてあるけど、一巻あとがきに書かれていたテッド・マーチャントの設定はこんな感じだ。

 エルシーの父親は漫画だと一巻までしか出番がない。
 
 漫画本編では、妻であるセリアのほうが出番は多い。

 マライアの回想シーンでは、辺り前だが夫婦そろって気落ちしており、

 ――マーチャント商会はエルシーの死以降いこう、ゆっくりと事業を縮小して行く方向になった――

 と書かれている……。
 
 こうならないよう、必ず生き延びなければだ!   
 俺は意地でも生き延びるぞ! 

「テッド師匠は少し厳しいけど、仕事はとてもやりがいがあるんだ」

 ダリルがマライアに向けて笑顔で言った。

「ところでエルシー。疲れてない?」

 ダリルはエルシーに優しい気遣いを見せる。

「ありがとう。まだ大丈夫よ。疲れたら二人に言うわね」

 二周目ならまだ大丈夫だ。五周目になったら疲れて来るかもだが。

「そう言えば、マライアって専門学校に行き出してからほどい感じで筋肉付いたよね?」

 うぉい! ダリル! お前それセクハ――あ、いや、異世界だから問題ないの……か?

「うっふふ~ん。そうでしょそうでしょ! 体力筋力必須だもの! 筋肉付け過ぎるのはダメだけどね」

 マライア的にはめ言葉だったらしい。嬉しそうだ。

 俺は……マライアとダリルも疑わなきゃならないんだよな。

 正直マライアは魔法使いの子孫だから、疑わしく思えそうだけどとしか思えない。

 ダリルは……う~ん。難しいなあ。
 
 ダリルの父親はアシュトン独立騎士団――独立騎士団は国王や首都のみならず、辺境の国民まで守る騎士団――の団長だ。
 
 時々、辺境の村へ遠征にも行っている。

 国王と首都を守る騎士団とは別だが、その存在を国王に認められているんだ。

 ダリルの父親。キアラン・アシュトンは四十歳。身長百八十センチの美丈夫。ダリルとく似ている。
 騎士団の団長だけあって強さは折り紙付き。

 これは二巻あとがきに書かれていたキアラン・アシュトンの設定だ。

 キアランが団長のアシュトン独立騎士団はマーチャント商会から武器を仕入れてるんだよな。

 それを考えると、ダリルは怪しく思えないが……。

 父親と息子の考えは違うだろうからなあ。

 しかし、ダリルがエルシーを好きなのは……いや、待て! あくまでもエルシーから見たダリルとの記憶は両思いだが、ダリルは違うかも知れないぞ?

 ……それでも、俺にはダリルが怪しいとか思えないんだよなあ。

 人生の大半を、屋敷に閉じこもるしかなかったエルシーだ。

 世間知らずでだまそうと思えば騙しやすいんだろうが。

 それでもなあ……どう頭をひねってもダリルには動機がない。

 好青年過ぎる気もするが、あれはおそらくでああなんだろうな。

 しかも、エルシーと結婚すれば将来はマーチャント商会を背負って立つ若社長になる。

 俺だったら――いや、俺は飛び付かないけど、俺の弟とか飛び付きそうな好条件だ。

「エルシー。三周目に入ったけど、辛くない? 無理しなくていのよ?」

 マライアはどうも心配し過ぎるきらいがあるなあ。

「大丈夫よ、マライア。辛くなったらすぐに言うから。それに今は体がぽかぽかして温かいの」

 俺が思った通り、運動していれば体は温かくなって来るものだ。 

 三周目、四週目と、順調に歩いていたが、エルシーの体が予想通り過ぎて……。

「ご、ごめんなさい。私、疲れて来たわ……少し休むわね」

 俺は近くの木陰こかげまで歩いて行ってそこに腰を下ろした。

「エルシー。地面にそのまま座るなんてダメよ?」

 マライアがポケットからハンカチを取り出し、俺の横に広げる。
 
 あ、そうか。地べたに座るのはくないな。

「マライア、それじゃ君の座る場所が無くなるよ。エルシー、僕のハンカチを使って?」

 今度はダリルがマライアとは反対側に、自分のハンカチを置く。

「いいえ。私はいの! 毎日走り込みをして鍛えてるから。エルシーの横でしゃがむわ。エルシー、私のハンカチを使ってくれるわよね?」

 な、なんだ? なんかマライアがダリルに張り合ってるんだが? 
 
 俺と始めて会った時は気を効かして、ダリルと俺とを二人切りにしようとしたのに。

「わ、私はダリルのハンカチを借りるわね。マライアにも休んで欲しいから」

 言ってマライアを見ると――な、なんでそんなに悲しそうなんだよ。
 意味が分からん。

「え、あ、ええと。私はマライアと座ってお喋りしたいの。だからマライアがしゃがんだりするのは残念だわ」

 俺はマライアの瞳を見つめて、マライアいわく、『慈悲深い女神の微笑み』を浮かべた。

 これもエルシーから引き継いだ記憶の中にあった。

 エルシー自身はマライアに対してにこにこと笑っていただけなのだが。

 マライアには自分に対するエルシーの笑顔が、女神のように見えるそうなのだ。
 
 ……マライアってやっぱり、エルシーを崇拝している信者か何かか? 

 と、どうにも引いてしまうような記憶だった……。
 
「マライア。私の隣に座ってね? お願いよ」

 俺はダリルのハンカチの上に座り、マライアに上目遣いでお願いする。

「~~っっ! 『女神の微笑み』浮かべて上目遣いでお願いされたら! 私が折れるしかないじゃないぃぃ~~!」

 と、マライアは駄々を駄々をこねつつも、自分のハンカチに座ったのだった。

(続く 
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