8 / 28
第八話 人気漫画家である作画者のお気に入り、ワイアット執事
しおりを挟む
サーヤがワイアット執事に話をすると、彼は一時間もしないうちにエルシーの部屋へ来てくれた。
二巻のあとがきに、ワイアット執事がエルシーの為にお菓子を作っているらくがきイラストが載ってたんだよな。
「エルシーお嬢様は甘い物がお好きですからな♪」
と「♪」の入ったセリフ付きで描いてあった。
嫌われていないと言う根拠は、一巻あとがきに書かれていた人物設定と、人気漫画家で作画者の【ちさこハル】が描いた、らくがきイラストだったが。
どうやら俺の考えは間違っていなかったようだ。
ワイアット執事はエルシーの好きなバタークッキーと紅茶を自ら持って来て、満面の笑顔で俺の前に座っている。
今、俺達は来客用のソファーに座り、テーブルを挟んで向かい合っていた。
「あの……ワイアットさん」
俺が話し掛けるとワイアット執事は驚き目を見開いた。
「エルシーお嬢様! 私めのことは『ワイアット』と呼び捨てにして下さいませ!!」
……お、おおぅ……分かった……。
少し気圧されながらも、俺はワイアット執……いや、ワイアットにもう一度話し掛ける。
「あ、あの……ワイアット。お願いがあるの」
するとワイアットは満面の笑顔に戻った。
「なんでしょうかな? エルシーお嬢様。……あぁ、いけませんなあ。表情筋が緩んでしまいますなぁ……」
ワイアットは、両手で自分の頬をペチペチと軽く二回叩いた。
「大変勝手ながら、私めはエルシーお嬢様を孫のように思っておりましてなぁ……」
なんとなくそうじゃないかなー? とは思っていたが、この人もエルシーに甘々だったか……。
まあ、それはそれとして、一巻の設定に『敏腕執事』って書かれていたからな。
今のところ、エルシーに転生してから設定と違う人はいなかった。
だからワイアットも間違いなく『敏腕執事』なんだろう。
「ワイアットも知っての通り、私は馬車の横転事故に遭ってしまいましたが、馬車が横転したのは事故ではありませんでした」
俺の言葉を聞いてワイアットの表情が真剣なものになる。
やっぱり『敏腕執事』で間違いはないようだな。
「……トニーが話したのですかな?」
――うわ! 空気が張り詰めて来た!
多分だけど、この人もエルシーを怖がらせたくなくて、馬車の横転が事故じゃなかった事実を明かすつもりはなかったんだろうな。
「は、はい。教えて貰って助かりました。とても重要な情報です。馬の脚にごく細い針が一本だけ刺さっていたなんて」
多分、ワイアットはトニーに対して「余計なこと言ったな」とか思ってるんだろうけど、俺は助かったよ。
「私……思ったんです。馬車が動いているのに、細い針を一本だけ馬の脚に刺すなんて、まるで魔法のようだと」
ワイアットは苦々しそうな口調で、
「トニーもそう言っておりましたな……」
と呟くように答えた。
「私、考えたのです。この王国には『魔法使い』と呼べる人はいるんだろうか? って……」
――俺はエルシーの考えと俺の考えをワイアットに伝える。
魔法使いは自らこの王国を去ってしまったのではないか。
王国を去らなかった魔法使いの子孫もいるが、その力は弱いものではないかと言うこと。
――がエルシーの考えだった。
ここからは俺が転生後に知ったことだ。
――そして、周辺国及び一番近い大陸にも『魔法使い』と呼べる者はいないはずだけれど、今回のような事象は魔法でも使わないと難しいこと。
……でも俺は、ワイアットが来るまで、それ以上考えるつもりはなかったが、どうしても考えてしまったんだよなあ……。
そして考え付いたのが、魔法使いが犯人じゃない可能性だ。
忍者みたいに暗殺術を使える人間がいないだろうか? って。
元々俺が生きていた世界は、フィクションの世界みたいに、忍者が暗殺に特化していたワケじゃないが、ここは異世界だ。
この世界の人間の身体能力が、どれほどのものか俺には分からない。
エルシーの記憶にも比較できるようなものはなかった。
だからワイアットには、
「私が馬車に乗っていた時間は昼間です。通った道は大通り、人も多かったはずです」
「そうですな」
とワイアットは神妙な表情でうなずく。
「人が多い中で誰にも気付かれず、走っている馬の脚に細い針を一本だけ刺す技術を持つ者はいると思いますか?」
そう、ワイアットには俺に足りない知識や情報を与えて欲しいと思ったんだ。
するとワイアットは眉間に皺を寄せる。
「それは……エルシーお嬢様が自ら犯人探しをされると言う意味ですか?」
いやいや、そこまで考えてはない。
「そこまで考えてはいません。けれど、私は私の回りか、もしくは近しい人に、私を狙っている者がいる可能性も排除してはならないと思います」
キツい内容だがちゃんと考えなくてはいけない。
「もしもですが……ワイアット。あなたが私に害を成なす存在ならば、私にはもう、逃げる術はありません」
ワイアットはシロだと思うけど、転生して三日しか経ってない俺じゃ「間違いなくワイアットはシロだ」と、言い切れる自信が無いんだよなあ。
申し訳ないな。ワイアット……。
しかし、ワイアットは――
「あぁ……エルシーお嬢様! なんと――なんと聡明になられて……っ!」
ぶわっ、と一重瞼の両目から感激の涙を流し始めた。
てっきり、悲しまれると思ったんだが……。
「私めが知らぬうちに、エルシーお嬢様がこれほどに聡明になられていたとは……!!」
上着の内ポケットから白いハンカチを出して涙を拭いているけど、とめられないようだ。
「……あぁ、あんなに小さかったエルシーお嬢様が、これほどにまでに聡明になられて! 私めは嬉しゅうございます!」
……あ、どうにか涙がとまって来たみたいだな。
「私めは聡明になられたエルシーお嬢様に全面的に協力致します!! 私めをも疑いながら、それでも頼って下さったことは英断ですぞ!!」
ワイアットは嬉しそうに、しかし、はっきりと全面的に協力すると約束してくれた。
「お、お願いね。ワイアット」
う、う~ん? 孫の成長を喜ぶおじいちゃんみたいにも思えるけど『敏腕執事』なのは確かだからな。
「あ、しかしながらエルシーお嬢様。如何な私めでも貴族の情報は噂程度にしか集められません。それでも宜しいですかな?」
あ、そうか。マーチャント家は成り上がりの豪商だものな。
貴族の情報は難しいよな。
「ええ、噂程度でも構いません。お願いね。ワイアット」
俺はワイアットに対して優しく微笑んで見せた。
(続く
二巻のあとがきに、ワイアット執事がエルシーの為にお菓子を作っているらくがきイラストが載ってたんだよな。
「エルシーお嬢様は甘い物がお好きですからな♪」
と「♪」の入ったセリフ付きで描いてあった。
嫌われていないと言う根拠は、一巻あとがきに書かれていた人物設定と、人気漫画家で作画者の【ちさこハル】が描いた、らくがきイラストだったが。
どうやら俺の考えは間違っていなかったようだ。
ワイアット執事はエルシーの好きなバタークッキーと紅茶を自ら持って来て、満面の笑顔で俺の前に座っている。
今、俺達は来客用のソファーに座り、テーブルを挟んで向かい合っていた。
「あの……ワイアットさん」
俺が話し掛けるとワイアット執事は驚き目を見開いた。
「エルシーお嬢様! 私めのことは『ワイアット』と呼び捨てにして下さいませ!!」
……お、おおぅ……分かった……。
少し気圧されながらも、俺はワイアット執……いや、ワイアットにもう一度話し掛ける。
「あ、あの……ワイアット。お願いがあるの」
するとワイアットは満面の笑顔に戻った。
「なんでしょうかな? エルシーお嬢様。……あぁ、いけませんなあ。表情筋が緩んでしまいますなぁ……」
ワイアットは、両手で自分の頬をペチペチと軽く二回叩いた。
「大変勝手ながら、私めはエルシーお嬢様を孫のように思っておりましてなぁ……」
なんとなくそうじゃないかなー? とは思っていたが、この人もエルシーに甘々だったか……。
まあ、それはそれとして、一巻の設定に『敏腕執事』って書かれていたからな。
今のところ、エルシーに転生してから設定と違う人はいなかった。
だからワイアットも間違いなく『敏腕執事』なんだろう。
「ワイアットも知っての通り、私は馬車の横転事故に遭ってしまいましたが、馬車が横転したのは事故ではありませんでした」
俺の言葉を聞いてワイアットの表情が真剣なものになる。
やっぱり『敏腕執事』で間違いはないようだな。
「……トニーが話したのですかな?」
――うわ! 空気が張り詰めて来た!
多分だけど、この人もエルシーを怖がらせたくなくて、馬車の横転が事故じゃなかった事実を明かすつもりはなかったんだろうな。
「は、はい。教えて貰って助かりました。とても重要な情報です。馬の脚にごく細い針が一本だけ刺さっていたなんて」
多分、ワイアットはトニーに対して「余計なこと言ったな」とか思ってるんだろうけど、俺は助かったよ。
「私……思ったんです。馬車が動いているのに、細い針を一本だけ馬の脚に刺すなんて、まるで魔法のようだと」
ワイアットは苦々しそうな口調で、
「トニーもそう言っておりましたな……」
と呟くように答えた。
「私、考えたのです。この王国には『魔法使い』と呼べる人はいるんだろうか? って……」
――俺はエルシーの考えと俺の考えをワイアットに伝える。
魔法使いは自らこの王国を去ってしまったのではないか。
王国を去らなかった魔法使いの子孫もいるが、その力は弱いものではないかと言うこと。
――がエルシーの考えだった。
ここからは俺が転生後に知ったことだ。
――そして、周辺国及び一番近い大陸にも『魔法使い』と呼べる者はいないはずだけれど、今回のような事象は魔法でも使わないと難しいこと。
……でも俺は、ワイアットが来るまで、それ以上考えるつもりはなかったが、どうしても考えてしまったんだよなあ……。
そして考え付いたのが、魔法使いが犯人じゃない可能性だ。
忍者みたいに暗殺術を使える人間がいないだろうか? って。
元々俺が生きていた世界は、フィクションの世界みたいに、忍者が暗殺に特化していたワケじゃないが、ここは異世界だ。
この世界の人間の身体能力が、どれほどのものか俺には分からない。
エルシーの記憶にも比較できるようなものはなかった。
だからワイアットには、
「私が馬車に乗っていた時間は昼間です。通った道は大通り、人も多かったはずです」
「そうですな」
とワイアットは神妙な表情でうなずく。
「人が多い中で誰にも気付かれず、走っている馬の脚に細い針を一本だけ刺す技術を持つ者はいると思いますか?」
そう、ワイアットには俺に足りない知識や情報を与えて欲しいと思ったんだ。
するとワイアットは眉間に皺を寄せる。
「それは……エルシーお嬢様が自ら犯人探しをされると言う意味ですか?」
いやいや、そこまで考えてはない。
「そこまで考えてはいません。けれど、私は私の回りか、もしくは近しい人に、私を狙っている者がいる可能性も排除してはならないと思います」
キツい内容だがちゃんと考えなくてはいけない。
「もしもですが……ワイアット。あなたが私に害を成なす存在ならば、私にはもう、逃げる術はありません」
ワイアットはシロだと思うけど、転生して三日しか経ってない俺じゃ「間違いなくワイアットはシロだ」と、言い切れる自信が無いんだよなあ。
申し訳ないな。ワイアット……。
しかし、ワイアットは――
「あぁ……エルシーお嬢様! なんと――なんと聡明になられて……っ!」
ぶわっ、と一重瞼の両目から感激の涙を流し始めた。
てっきり、悲しまれると思ったんだが……。
「私めが知らぬうちに、エルシーお嬢様がこれほどに聡明になられていたとは……!!」
上着の内ポケットから白いハンカチを出して涙を拭いているけど、とめられないようだ。
「……あぁ、あんなに小さかったエルシーお嬢様が、これほどにまでに聡明になられて! 私めは嬉しゅうございます!」
……あ、どうにか涙がとまって来たみたいだな。
「私めは聡明になられたエルシーお嬢様に全面的に協力致します!! 私めをも疑いながら、それでも頼って下さったことは英断ですぞ!!」
ワイアットは嬉しそうに、しかし、はっきりと全面的に協力すると約束してくれた。
「お、お願いね。ワイアット」
う、う~ん? 孫の成長を喜ぶおじいちゃんみたいにも思えるけど『敏腕執事』なのは確かだからな。
「あ、しかしながらエルシーお嬢様。如何な私めでも貴族の情報は噂程度にしか集められません。それでも宜しいですかな?」
あ、そうか。マーチャント家は成り上がりの豪商だものな。
貴族の情報は難しいよな。
「ええ、噂程度でも構いません。お願いね。ワイアット」
俺はワイアットに対して優しく微笑んで見せた。
(続く
12
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
バスト105cm巨乳チアガール”妙子” 地獄の学園生活
アダルト小説家 迎夕紀
青春
バスト105cmの美少女、妙子はチアリーディング部に所属する女の子。
彼女の通う聖マリエンヌ女学院では女の子達に売春を強要することで多額の利益を得ていた。
ダイエットのために部活でシゴかれ、いやらしい衣装を着てコンパニオンをさせられ、そしてボロボロの身体に鞭打って下半身接待もさせられる妙子の地獄の学園生活。
---
主人公の女の子
名前:妙子
職業:女子学生
身長:163cm
体重:56kg
パスト:105cm
ウェスト:60cm
ヒップ:95cm
---
----
*こちらは表現を抑えた少ない話数の一般公開版です。大幅に加筆し、より過激な表現を含む全編32話(プロローグ1話、本編31話)を読みたい方は以下のURLをご参照下さい。
https://note.com/adult_mukaiyuki/m/m05341b80803d
---
ヴァーチャル美少女キャラにTSおっさん 世紀末なゲーム世界をタクティカルに攻略(&実況)して乗り切ります!
EPIC
SF
――Vtub〇r?ボイス〇イド?……的な美少女になってしまったTSおっさん Fall〇utな世紀末世界観のゲームに転移してしまったので、ゲームの登場人物に成りきってる系(というかなってる系)実況攻略でタクティカルに乗り切ります 特典は、最推し美少女キャラの相棒付き?――
音声合成ソフトキャラクターのゲーム実況動画が好きな、そろそろ三十路のおっさん――未知 星図。
彼はそれに影響され、自分でも音声合成ソフトで実況動画を作ろうとした。
しかし気づけば星図はそのゲームの世界に入り込み、そして最推しの音声合成ソフトキャラクターと一緒にいた。
さらにおまけに――彼自身も、何らかのヴァーチャル美少女キャラクターへとTSしていたのだ。
入り込んでしまったゲーム世界は、荒廃してしまった容赦の無い世紀末な世界観。
果たして二人の運命や如何に?
Vtuberとかボイスロイド実況動画に影響されて書き始めたお話です。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
異世界転移した先で女の子と入れ替わった!?
灰色のネズミ
ファンタジー
現代に生きる少年は勇者として異世界に召喚されたが、誰も予想できなかった奇跡によって異世界の女の子と入れ替わってしまった。勇者として賛美される元少女……戻りたい少年は元の自分に近づくために、頑張る話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる