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第八話 人気漫画家である作画者のお気に入り、ワイアット執事

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 サーヤがワイアット執事に話をすると、彼は一時間もしないうちにエルシーの部屋へ来てくれた。

 二巻のあとがきに、ワイアット執事がエルシーの為にお菓子を作っているらくがきイラストが載ってたんだよな。

「エルシーお嬢様は甘い物がお好きですからな♪」

 と「♪」の入ったセリフ付きで描いてあった。

 嫌われていないと言う根拠は、一巻あとがきに書かれていた人物設定と、人気漫画家で作画者の【ちさこハル】が描いた、らくがきイラストだったが。

 どうやら俺の考えは間違っていなかったようだ。

 ワイアット執事はエルシーの好きなバタークッキーと紅茶をみずから持って来て、満面の笑顔で俺の前に座っている。

 今、俺達は来客用のソファーに座り、テーブルをはさんで向かい合っていた。

「あの……ワイアットさん」

 俺が話し掛けるとワイアット執事は驚き目を見開いた。

「エルシーお嬢様! わたくしめのことは『ワイアット』と呼び捨てにして下さいませ!!」

 ……お、おおぅ……分かった……。

 少し気圧けおされながらも、俺はワイアット執……いや、ワイアットにもう一度話し掛ける。

「あ、あの……ワイアット。お願いがあるの」

 するとワイアットは満面の笑顔に戻った。 

「なんでしょうかな? エルシーお嬢様。……あぁ、いけませんなあ。表情筋がゆるんでしまいますなぁ……」

 ワイアットは、両手で自分のほほをペチペチと軽く二回叩いた。

「大変勝手ながら、わたくしめはエルシーお嬢様を孫のように思っておりましてなぁ……」

 なんとなくそうじゃないかなー? とは思っていたが、この人もエルシーに甘々だったか……。

 まあ、それはそれとして、一巻の設定に『敏腕執事』って書かれていたからな。

 今のところ、エルシーに転生してから設定と違う人はいなかった。 

 だからワイアットも間違いなく『敏腕執事』なんだろう。

「ワイアットも知っての通り、私は馬車の横転事故に遭ってしまいましたが、馬車が横転したのは事故ではありませんでした」

 俺の言葉を聞いてワイアットの表情が真剣なものになる。

 やっぱり『敏腕執事』で間違いはないようだな。

「……トニーが話したのですかな?」

 ――うわ! 空気が張り詰めて来た!

 多分だけど、この人もエルシーを怖がらせたくなくて、馬車の横転が事故じゃなかった事実を明かすつもりはなかったんだろうな。

「は、はい。教えて貰って助かりました。とても重要な情報です。馬の脚にごく細い針が一本刺さっていたなんて」

 多分、ワイアットはトニーに対して「余計なこと言ったな」とか思ってるんだろうけど、俺は助かったよ。

「私……思ったんです。馬車が動いているのに、細い針を一本馬の脚に刺すなんて、まるで魔法のようだと」

 ワイアットは苦々しそうな口調で、

「トニーもそう言っておりましたな……」

 と呟くように答えた。

「私、考えたのです。この王国には『魔法使い』と呼べる人はいるんだろうか? って……」 

 ――俺はエルシーの考えと俺の考えをワイアットに伝える。

 魔法使いはみずからこの王国を去ってしまったのではないか。

 王国を去らなかった魔法使いの子孫もいるが、その力は弱いものではないかと言うこと。

 ――がエルシーの考えだった。
 
 ここからは俺が転生後に知ったことだ。

 ――そして、周辺国及び一番近い大陸にも『魔法使い』と呼べる者はいないはずだけれど、今回のような事象は魔法でも使わないと難しいこと。

 ……でも俺は、ワイアットが来るまで、それ以上考えるつもりはなかったが、どうしても考えてしまったんだよなあ……。

 そして考え付いたのが、魔法使いが犯人じゃない可能性だ。

 忍者みたいに暗殺術を使える人間がいないだろうか? って。

 元々俺が生きていた世界は、フィクションの世界みたいに、忍者が暗殺に特化していたワケじゃないが、ここは異世界だ。

 この世界の人間の身体能力が、どれほどのものか俺には分からない。

 エルシーの記憶にも比較できるようなものはなかった。

 だからワイアットには、

「私が馬車に乗っていた時間は昼間です。通った道は大通り、人も多かったはずです」

「そうですな」

 とワイアットは神妙な表情でうなずく。

「人が多い中で誰にも気付かれず、走っている馬の脚に細い針を一本刺す技術を持つ者はいると思いますか?」
 
 そう、ワイアットには俺に足りない知識や情報を与えて欲しいと思ったんだ。

 するとワイアットは眉間にしわを寄せる。

「それは……エルシーお嬢様がみずから犯人探しをされると言う意味ですか?」

 いやいや、そこまで考えてはない。

「そこまで考えてはいません。けれど、私は私の回りか、もしくは近しい人に、私を狙っている者がいる可能性も排除してはならないと思います」

 キツい内容だがちゃんと考えなくてはいけない。

「もしもですが……ワイアット。あなたが私に害を成なす存在ならば、私にはもう、逃げるすべはありません」

 ワイアットはシロだと思うけど、転生して三日しか経ってない俺じゃ「間違いなくワイアットはシロだ」と、言い切れる自信が無いんだよなあ。

 申し訳ないな。ワイアット……。

 しかし、ワイアットは―― 

「あぁ……エルシーお嬢様! なんと――なんと聡明になられて……っ!」

 ぶわっ、と一重瞼ひとえまぶたの両目から感激の涙を流し始めた。

 てっきり、悲しまれると思ったんだが……。

わたくしめが知らぬうちに、エルシーお嬢様がこれほどに聡明になられていたとは……!!」

 上着の内ポケットから白いハンカチを出して涙をいているけど、とめられないようだ。

「……あぁ、あんなに小さかったエルシーお嬢様が、これほどにまでに聡明になられて! わたくしめは嬉しゅうございます!」

 ……あ、どうにか涙がとまって来たみたいだな。

わたくしめは聡明になられたエルシーお嬢様に致します!! わたくしめをも疑いながら、それでも頼って下さったことは英断ですぞ!!」

 ワイアットは嬉しそうに、しかし、はっきりとと約束してくれた。

「お、お願いね。ワイアット」 

 う、う~ん? 孫の成長を喜ぶおじいちゃんみたいにも思えるけど『敏腕執事』なのは確かだからな。

「あ、しかしながらエルシーお嬢様。如何なわたくしめでも貴族の情報は噂程度うわさていどにしか集められません。それでも宜しいですかな?」

 あ、そうか。マーチャントは成り上がりの豪商だものな。

 貴族の情報は難しいよな。

「ええ、噂程度でも構いません。お願いね。ワイアット」

 俺はワイアットに対して優しく微笑んで見せた。

(続く
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