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第六話 エルシーと家庭教師

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「こんにちは、キャラハン女史もエルシーのお見舞いに来られたんですね」

 マライアが上品にではなく普通に挨拶を返す。

「こんにちは、キャラハン女史。マライア、僕達はそろそろ帰ろうか?」

 ダリルが気を効かせてマライアに問う。

「そうね。キャラハン女史がお見舞いに来たのは、お勉強の話もされるんでしょうからね」

 因みに、エルシー達が住むベネディア王国の成人年齢は十八歳だ。
 
 エルシーは十七歳。
 まだ一般の学校に通ってなきゃならない年齢だ。

 マライアは十八歳で、どこかの専門学校に通っている。

 エルシーにはなんでも包み隠さず話すマライアだが、どんな専門学校に行ってるかは、珍しく「ヒ・ミ・ツ」と言って教えてくれなかった。

 エルシーも自分が小説を書いてることはキャラハン女史にしか話してなかったからな。

 だから、お互い様だと思ったエルシ ーも深くは追求しなかった。

 俺もマライアがなんの専門学校に行ってたかは知らないんだよなあ。

 漫画の本編にもあとがきにもマライアがなんの専門学校に行っていたかは載ってない。

「じゃあ、私達は帰るわね」
「またね、エルシー」

 と言い残し二人は帰って行った。

 ……実は俺、キャラハン女史には自分が考えた長編小説の構想を話してみたかったんだよな。

「ごきげんよう。キャラハン女史。お見舞いをありがとうございます」

 俺はキャラハン女史へ上品に、エルシー挨拶とお礼の言葉を返す。

「思ったより元気そうですわね」

 キャラハン女史は優しい微笑みを浮かべながら言った。 
 
 あ、キャラハン女史の丁寧過ぎる言葉使いは、エルシーに敬語を教える為に、わざわざこの言葉使いにしてくれてるんだ。

 『習うより馴れろ』のやり方だな。

「驚きましたわ。どうして馬車の横転事故なんて起こりましたの? ご両親のお仕事関係で何者かがエルシーの乗る馬車をおそったのでしょうか?」
  
 マーチャントの家業はなんでも取り扱う万屋よろずや的な仕事をして豪商になったけど……実は万屋的商売だけに、武器や危険な薬なんかも扱ってるんだよな。
 
 違法性は無いけど、それでも批判されやすく恨みを買いやすい。

 例えば、エルシーの両親が売った武器が悪意ある者の手に渡ってしまった場合。どうしても批判するヤツが出て来る。 

 で、これはエルシーがマライアから聞いた話だけど、マライアはエルシーの従姉妹いとこだって理由で、学校でかなりキツい陰口や面と向かって悪口を言われそうだ。

 その中にエルシーの悪口を言ったヤツもいた。
 
 マライアは基本的に的外れな批判や下らない悪口は完全無視スルーなんだが、エルシーを悪く言ったヤツは許せなくて、ソイツに決闘を申し込んだ。

 見事決闘に勝ったマライアは、相手が辟易へきえきするまで滔々とうとうと相手の間違いと、エルシーが如何に可憐で美しく可愛かわいらしくはかなく。

 それでいて、慈愛じあいに満ちあふれ、心優しい女神の如くな少女かを語りに語ったそうだ。

 ……エルシーの記憶からこの出来事が思い浮かんだ俺は、マライアに対するイメージが少し変わった。

 と言うかちょっと引いた。

「どうしましたの? ぼうっとしてますけれど、まだ調子が戻らないのかしら?」

 おっと、マライアの予想外な一面を知った衝撃を思い出してた……。

「いいえ。なんでもありませんわ」

 エルシーがいつもキャラハン女史に接する時は上品な言葉使いになってるから、俺はエルシーの記憶をなぞりながら答える。

「お父様もお母様も、事故なのか、それとも何者かが私の乗る馬車を狙ったのか、まだ分からないと仰ってましたわ」

 エルシー専属の御者兼護衛ぎょしゃけんごえいであるトニーが、「ちょっと気になることがある」とは言ってたけど。

 まだ詳しくは分からない。

 トニー・ケンプ。三十五歳。身長百六十九センチ。
 御者ぎょしゃ兼エルシー専属の護衛ごえい
 元拳闘士けんとうし王者チャンピオン
 
 一巻あとがきで簡単に書かれていたトニーの設定。
 
 拳闘けんとうってのはボクシングに似た競技。

 と言うか俺が七月岳士ななつきたけしとして生きてた日本では、昔はボクシングを拳闘って言ってた。
 
 俺はこの世界の拳闘は、クシングを実戦向きにした感じだと認識してる。
 
 で、ここからがエルシーの記憶。
 
 貴族や豪族が共同で運営する闘技場で、選手がおのれこぶし一つで勝ち抜いて行く拳闘。 
 
 これは一般庶民もお金を払えば観戦できて、予想屋なんかもいるから、当然、賭けの対象にもなったりする。

 トニーは二十二歳で、拳闘士けんとうしを引退したあと、マーチャントに護衛として雇われた。

 元々、生き物が好きだったトニーは馬の扱いも覚え、御者になった十年前にエルシー専属の護衛になったんだ。

 ……う~ん。馬車が横転した理由か……。

 街を守る自警団じけいだん独立騎士団どくりつきしだんも、石畳いしだたみで整備された道が古くなり、欠けた場所があった所為で、馬が脚を取られた。

 ――と結論付けているが……。

 トニーは何やら気に掛かることがあるそうだ。

 はっきりしたことが分かったら、サーヤ経由で俺にも教えてくれるそうだけど……。

「……詳しいことは、まだ何も分かっておりませんの」

 俺は口調が崩れないよう気を付けつつ喋る。

「ただの事故だと聞いてはいますが……心配ね」

 キャラハン女史は「心配ね」の部分を何やら思案しあんしながら言った。

「あの……キャラハン女史。馬車が横転した理由は今考えても分からないと思いますの」

 まあ、この問題は本当に今考えても仕方ない。
 
 だから俺は、キャラハン女史にエルシーではなく、俺自身が考えた長編小説の構想を話した。

 そして、キャラハン女史の感想は――

「……そうですわねぇ。斬新ではありますけれど……斬新過ぎますかしら?」

 とキャラハン女史は悩みながら言った。

「面白いとは思いますのよ。けれど、現在の流行りから逸脱いつだつしていますわね……これが吉と出るか凶と出るか、私では分かりませんわ……」

 て、転生先の世界でも流行りじゃないって言われた……ショックだ……。

 俺が呆然ぼうぜんとしていると、

「ですが、これは素人の意見ですわよ? ちゃんと書き上げて、出版社に持ち込んだら、また違う意見が貰えるかも知れませんわ」

 嘘だ……プロの小説家の意見じゃないか……。

 ……いや、元々俺が転生前に考えていた構想だ。
 
 もっとこの世界にきっちり合わせないないとダメだとは思う。

 エルシーが読んだ本を参考にして、この王国の流行りに合わせたんだけどなあ……。

 エルシー記憶を頼りにして考え直したけど、流行りが変わったのかも知れない。

「キャラハン女史。もしかして流行りが変わりましたの?」 

 俺はキャラハン女史に真剣な眼差しを向ける。

「流行りは少しずつ変化して行くものですわ。今エルシーが語った作品のジャンルは『別世界物(異世界ファンタジー)』でしょう?」   
 
 俺は黙ってうなずく。

「『別世界物』にも色んなパターンがありますわ。現在は『別世界転生(異世界転生)』が流行りですのよ」

 ぐぉ……この世界でも異世界転生物が強いのか……『転移』ではダメなのか……。

「そんなに絶望的な表情をしなくてもいでしょうに? 一体どうしてしまわれましたの?」

 キャラハン女史が困惑している。

「今まで、エルシーが話して下さった長編作品の構想は、流行りに捕らわれない古きき異世界物(転移・転生無しの異世界ファンタジー)が大半でしたのに」

 そうだ……エルシーは転移・転生無しの異世界ファンタジーを沢山考えていた。

 エルシーと俺じゃ作風が違うんだよな。
 
 なのに、いきなり違う作風の構想を話したら困惑されるだけだよな。

 プロの小説家に構想を話せると思って先走ってしまった……。

 エルシーが頭打っておかしくなったと思われたらどうするんだよ。俺……。

 反省……反省だ。

「キャラハン女史。私の構想を聞いて下さってありがとうございます。もう一度考えて直してみますわね」

 俺は笑顔でキャラハン女史にお礼を言った。

「――じゃあ、そろそろお勉強の計画を立てましょうね?」

 キャラハン女史が笑顔で答えてくれて、このあとは勉強の計画を話し合った。 

(続く
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