裏アカウント

夢咲はるか

文字の大きさ
上 下
9 / 9

しおりを挟む
 レナエルは、長剣の男を相手になす術がなかった昨晩のことを、まざまざと思い出した。
 しかし、ここで屈することはできない。
 あのとき、自分を襲った二人の男を軽々と倒した、騎士の名を持つ男が相手だとしても。

「それは昨晩、嫌という程思い知らされたわよ。だけど……これなら、どう?」

 相手に向けていた切っ先を、ゆっくりと自分の喉に向けると、さすがに、ジュールの表情が変わった。

「あんただって、あたしが死んだら困るでしょ? あたしが死んだら、あの能力は使えないもんね。せっかく捕まえたジジの利用価値だってなくなる。あんたの思い通りになるくらいなら、死んでやるっ!」

 レナエルが決死の啖呵を切ると、緊迫した沈黙が落ちた。

 睨み合う二人。

 しかし、しばらくすると、ジュールは視線をそらして俯き、こらえきれないように、くくっと喉を鳴らした。

 笑って……る?

「なに笑ってるのよ!」
「そうだな。確かにあんたに死なれたら、俺の首はないかもしれんな」

 そう言って視線をレナエルに戻すと、にやりと片方の口角を上げた。

 レナエルはごくりと唾を飲み込むと、緊張のあまり汗で滑りそうになった短剣の柄を、しっかりと握り直した。

「やっぱり、そうなのね! 何を企んでるの。白状しなさい!」
「ふん。そう簡単に、白状する訳にはいかないな」

 ジュールがふてぶてしい態度で、また一歩踏み出した。
 昨晩の悪人どもとは、格が違いすぎる。
 比べ物にならないくらいの凶悪さを、全身にまとっている。

「近づかないで!」

 握りしめた短剣を、さらに喉に近づけて叫んでも、彼は止まろうとはしない。
 いたぶるように、じりじりと近づいてくる。

 レナエルはそこから動くことができず、短剣を自分に向けたまま、大木に貼り付いていた。

 長剣を抜けば届く距離にまで詰めたとき、ジュールははっとしたように、右手の茂みに視線を滑らせた。
 とたん、全身からぶわりと放たれる強烈な殺気。

「なに?」

 レナエルもとっさに同じ方向を見た。
 新たな敵の出現を予感し、身構える。

 次の瞬間。

 レナエルの短剣を握った両手は、強い力に捕らえられた。
 両手首をまとめて拘束する、男の大きな左手。
 ぎりぎりと締め付ける握力と、抵抗を寄せ付けない腕力で、レナエルの両手は、頭上にまで持ち上げられた。

「くっ……」

 あっという間に力が入らなくなった手から、あっさりと短剣を奪い取られた。
 ジュールは短剣を草の上に投げ捨てると、ぐっと顔を近づけてきた。

「甘いな」

 歪んだ口元からせせら笑うように発せられた一言に、先ほどの殺気が自分を陥れるためのものだったことに、ようやく気づいた。

「なっ……! 騙したわね」

 怒りにわなわなと身体が震えてくるが、相手は怒りを逆なでする涼しい顔だ。

「騙したつもりはない。俺はちょっとよそ見をしただけだ」
「放してっ!」

 レナエルは、両手を頭の上で捕らえられたまま必死に身をよじり、相手に蹴りを食らわせた。
 しかし、渾身の一撃は、あっさりとかわされ、レナエルは体制を崩して、彼の手にぶら下げられたような状態になる。
 不自然に腕がねじれ、激痛が走る。

「い……っ、たたたた……」
「自業自得だ。さて、この生意気な小娘をどうしてくれようか」

 ジュールは嗜虐的な笑みを見せると、レナエルの両手をぐいと引っ張って、自分と立ち位置を入れ替えた。
 大木に背にした彼が、左手でレナエルを捕らえたまま、右手で腰の長剣をすらりと抜いた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

玉蹴りちゃんの噂

ミクリ21
ホラー
玉蹴りちゃんは、男の玉を蹴るのが大好きな少女だ。

扉の向こうは黒い影

小野 夜
ホラー
古い校舎の3階、突き当たりの隅にある扉。それは「開かずの扉」と呼ばれ、生徒たちの間で恐れられていた。扉の向こう側には、かつて理科室として使われていた部屋があるはずだったが、今は誰も足を踏み入れない禁断の場所となっていた。 夏休みのある日、ユキは友達のケンジとタケシを誘って、学校に忍び込む。目的は、開かずの扉を開けること。好奇心と恐怖心が入り混じる中、3人はついに扉を開ける。

地球くじ

ブルマ提督
ホラー
「こんにちはー。地球くじの者です」 「誰よ、あんた」 学校の屋上の鉄柵から乗り出し、空へ飛び出した時突然変な人に話しかけられた。 「えっと、今から死ぬ方で合ってますか?」 小説家になろう、カクヨムにも投稿してます

さまよう首

ツヨシ
ホラー
首なし死体が見つかった。犯人は首だった。

【完結】人の目嫌い/人嫌い

木月 くろい
ホラー
ひと気の無くなった放課後の学校で、三谷藤若菜(みやふじわかな)は声を掛けられる。若菜は驚いた。自分の名を呼ばれるなど、有り得ないことだったからだ。 ◆2020年4月に小説家になろう様にて玄乃光名義で掲載したホラー短編『Scopophobia』を修正し、続きを書いたものになります。 ◆やや残酷描写があります。 ◆小説家になろう様に同名の作品を同時掲載しています。

あるバイク乗りの話~実体験かフィクションかは、ご自由に~

百門一新
ホラー
「私」は仕事が休みの日になると、一人でバイクに乗って沖縄をドライブするのが日課だった。これは「私」という主人公の、とあるホラーなお話。 /1万字ほどの短編です。さくっと読めるホラー小説となっております。お楽しみいただけましたら幸いです! ※他のサイト様にも掲載。

兵頭さん

大秦頼太
ホラー
 鉄道忘れ物市で見かけた古い本皮のバッグを手に入れてから奇妙なことが起こり始める。乗る電車を間違えたり、知らず知らずのうちに廃墟のような元ニュータウンに立っていたりと。そんなある日、ニュータウンの元住人と出会いそのバッグが兵頭さんの物だったと知る。

令和百物語

みるみる
ホラー
夏になるので、少し怖い?話を書いてみました。 一話ずつ完結してますが、百物語の為、百話まで続きます。 ※心霊系の話は少なめです。 ※ホラーというほど怖くない話が多いかも知れません。 ※小説家になろうにも投稿中

処理中です...