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一章
-肆- 付喪神
しおりを挟む「すみません。話がズレてしまいましたね」
「あっ、いえ……」
圭さんは本題へと話を進めた。
「さて、琴音さんが話してたさっきの話ですが、恐らく────」
すると、圭さんの背後から割って入る声がした。
「付喪神」
声のする方へと目を向ける。
「おや、燐、帰っていたんですね」
「ああ」
圭さんの背後にある障子から現れたのは、整った顔立ちに肩まである黒髪をハーフアップにした男性だった。そして、耳には幾つものピアスが空けられていた。
「あっ、すみません。彼は先程話したもう一人の方で、名前は夜神燐と言います。祓い屋の主な仕事は彼が行っているんです。
燐、こちらは陽乃宮琴音さんで、今回の依頼者です」
圭さんの紹介で燐という男性は私の方を見て、少し目を細める。
「……圭、その娘、どう見ても学生だろ。依頼を受けるにしろ、そいつ対価を払えるのか?」
燐という男性の言葉に圭さんはハッとしたのか、私を見て、少し困った顔になる。
対価、当然お金の事だろう。
ここへ来たのは半信半疑だった。まさか祓い屋が実在してるなんて思っていなかった。だから、圭さんの口から祓い屋だと聞いて、助けてくれるんだと思い、つい浮かれてしまっていた。
私は燐の言う通り、学生でそんなにお金を持っていない。バイトはしていたが、自分のスマホの通信料や娯楽の為にやっていたので、貯金していてもたかが知れてる。
それでもどの位掛かるのか、一応聞いてみる。
「えっと、その、どの位するんですか?」
「そうですねぇ、依頼内容により掛かる費用が様々で、相場は私達が決めるんです。祓うモノが危険な程、額が上がります。そして、祓うまでの期間も左右されます。ですから、どの位掛かるかと聞かれましても、今この場では判断が出来ないのです」
「それと、俺らが祓うモノは少し特殊だ。霊とか悪霊とは違う。モノノ怪、つまり付喪神だ」
付喪神。さっきもこの燐という男性が言ってた。
「付喪神って何なんですか?」
疑問に思い、聞いてみる。
すると付喪神の説明は圭さんがしてくれた。
「付喪神とは長い年月を経った物や道具などに神霊が宿ったモノの事を言います」
「神霊?」
「神霊は神の御霊を指します。私達は神の御霊が宿ったモノを鎮め、神霊界へ還す役目を生業にしているんです。」
話を聞いてて、私の思う祓い屋とは全然異なっていた事に驚愕する。ただ悪霊とか霊を退治するものだと思っていた。
「まぁ、琴音さんが思う様なイメージが強いのも無理はありません。そういった祓い屋も居るのは事実ですし、良くテレビとかでドラマやアニメといったものもその類が多いですからね」
圭さんが言う様なものなら、普通の祓い屋に比べて金額が高いのも無理がない。
だが、私はどうしても海斗を助けたかった。あんな海斗の姿やみゆきの悲しむ姿を見たくなかった。何より、海斗のお母さんの辛いのに私達の前で必死に笑顔を見せようとする姿が見ていられなかった。
私は決死をした。
「お願いします。依頼を受けてください」
私は真剣な目で圭さんと燐という男性の方を見る。
「……出せる金はあるのか?」
燐という男性が射る様な目で私を見返す。
そんな視線にも屈せず、私は言い返す。
「どんな事をしてもお金は出します!! ですから助けてください!! お願いします!!」
私は畳に額を打ち付けるように土下座した。
暫く沈黙が続いたが、やがて燐という男性は口を開いた。
「ふん、いいだろう。引き受けてやる」
その言葉に私は勢い良く顔を上げた。
「……あっ、ありがとうございます!!」
私は嬉しくて涙を流す。
「良かったですね、琴音さん」
「はい!!」
これで海斗が助かるかもしれない。そう思うと嬉しくて仕方無かった。
「では、琴音さん、依頼を引き受けるとして、この書類に目を通して頂けますか?」
圭さんは座る横のファイルから一枚書類を出して見せた。
「この書類には注意事項や保障に関しての事が書かれていますので良く読まれてください。そして、読まれて了承してくださるならば、この書類の下に署名をしてください」
そう言って圭さんはペンを差し出した。
私は書類に目を通す。
依頼主と請負人の間に依頼を受ける事に対し、下記のとおりの上、必ず守秘する事を了承してください。
・依頼内容を他者へ提供する事を他言無用とする。
・一度依頼を受けた内容はキャンセル不可とする。
・依頼遂行に対し、依頼主が怪我等及び危険な状況になろうとも保障は一切しないとする。
・依頼遂行に対し、依頼主の情報共有は常とする。
・依頼遂行に対し、依頼主も現場に向かうことを了承のうえとする。
・依頼達成に対し、今まであった出来事全てを郊外しない事とする。
以上、上記の内容に基づき、同意のもと署名をお願いします。
私は最後まで目を通し、署名した。
「ありがとうございます。ではこちらの書類は私共が預からせて頂きます」
圭さんは書類を再びファイルに挟み、横に置いた。
「では先程話をした内容ですが、燐が答えた通り、付喪神で間違いないでしょう。その鏡に神霊が憑いているのでしょう。ただ、直ぐ祓う事は出来ません」
「え? 出来ないんですか?」
「はい、祓うにも情報が不可欠なんです。鏡に憑いている付喪神がどんなモノなのか調べる必要があります。ですから、一度燐と一緒にその場所まで案内して頂けませんか?」
私は燐という男性に視線を移す。
燐という男性は溜息を付き、面倒臭いといった顔で答えた。
「分かった。だが今日は無理だ。行くなら明日にしろ。俺もやる事がある。圭、お前もそれでいいな?」
「ええ、構いませんよ。琴音さんもそれで宜しいでしょうか?」
「あっ、はい!」
「なら、明日だ。明日朝にまた此処に来い。じゃあな」
そう言って、燐という男性はそのまま奥へと消えて行った。
「では、琴音さん明日朝、そうですねぇ、九時ぐらいにでも此処に来てください」
「九時ですね。分かりました」
「では、明日また会いましょう」
圭さんは途中まで一緒に着いて来てもらい、私は来た時と同じ場所からか帰った。
帰る頃には空は茜色に染まっていて、来た道を振り返ると、神社があった山には霧が掛かっていた。
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