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第四層 格上死戦彷徨 編
阿修羅丸が捧ぐ。
しおりを挟む俺は、負けた。
阿修羅丸──ヤツの右手が放った衝撃波を、俺は相殺出来なかった。
でもそれはおかしい。
ヤツの右手は俺の攻撃で散々にダメージを蓄積させていたはずで、さっきは実際に破壊出来たのだからその衝撃波には大した威力は込められてなかったはず。
その大したことない攻撃に負けるほど、俺もダメージを蓄積させていた?
いや、それはない。さっきの一撃以外に俺の【MPシールド】を貫通した攻撃はなかった。
つまり俺はあの瞬間まで肉体的にはノーダメージだったはずだ。
では最大攻撃をぶつけ合う過程で、俺だけじゃなく阿修羅丸も強化されていたのだろうか?
そう思って【大解析】を発動して見れば…確かに阿修羅丸も幾つかスキルレベルを上げていたが、大強化された俺の全力攻撃で相殺出来ないほど強化されてはいなかった。
そこで俺は…間抜けにもやっと、自分のステータスを確認し。
そこでやっと、自らの大誤解を悟ったのだった。
確かに大強化は成った。でもその強化も無効化されていた。
確かにノーダメージだった。でも正しくはもっと根深く削られていた。
つまりはやはり、俺の知らない内に阿修羅丸が強化された訳でもない。
そもそもとして、攻略してるつもりでいたのが誤解だったのだ。
攻略されていたのはむしろ、コチラの方だったのだから。
=========ステータス=========
名前 平均次
MP 214/7660
マナペイクレジット 2000pt
《器礎魔力》
攻(M)180→90 down!
防(F)39→19 down!
知(S)98→49 down!
精(G)17→8 down!
速(神)214→107 down!
技(神)154→77 down!
運 10→5 down!
・
・
・
・
==========================
見ての通りだ。
器礎魔力がどれも半減している。
…そう、俺は、いつの間にかデハフを掛けられていた。
MPも思った以上に削られている。つまりは俺の【MPシールド】唯一の長所である分厚さが削がれていた。
ここまで弱体化させられるまで気付けなかったのは何故か。
それは、弱体化させられる度に、スキルが急成長していたせいだ。
スキルがどんどん成長し己が強化される水面下で、少しずつデハフが積み重なっていた、だから気付けなかった。
いや、その逆だ。
デハフが積み重なっていたが故に、強化されても負荷が安定してあった。
だからあそこまで節操なくスキルが成長していたのだろう。
つまりは、一気に弱体化させる類いの攻撃ではなかった。接触する度にデハフを積み重ねる類い…それが、
あのスキル、【無属性魔攻】の効果だったのだ。
「に…しても、半 減だと?」
これほどのデハフ効果、前世でも聞いた事がない。【属性開花】の影響もあるのだろうが、多分『無属性』とは餓鬼らしく『食らって無とする事に特化した属性』なのだろう。
「は…今更…そんなこと、気付いても…遅い、けど な…」
そう、食らった後に気付いても後の祭りだ。効果持続時間が過ぎない限り、ステータスに刻まれたデハフは消えない。
かといってその効果が消えるのを待つ時間などない。今は戦闘中。相手が待ってくれる訳でなし。つまりは、詰んだ。
殺られる。俺は、確実に、死ぬ。
だが、
どうせ殺られるにしてもだ。
最期の最期まで、悪足掻くのだ。
『今一度問う、力が、欲しいか、』
こうして、『鬼』がその存在を露とした今は、特に。
どこまでも強く心を燃やさねば。
それが今出来る唯一の対処法。
そうだ。どんな希望にでもすがり付け。
無様でも果敢にすがり付け。
心だけは前へ進み逝かねば。
止まらず、前のめり、倒れたって、
這いずってでも…っ!
つまり今の俺は、絶望しながら諦めないという変な状態。
あれほどの強化を相殺したデハフに対抗するにはさらなる強化を。
もうそれしかないと惨めに、芋虫のようにジリジリと、やむなしの匍匐前進。
向かう先は阿修羅丸が散々に放った衝撃波でバラバラとなり、そこらに散乱している進化餓鬼達だったもの。
あれらの中にあるはずだ。俺がいまだ、食していない魔食材が。
つまり、俺は今、魔食からのさらなる大強化を狙っている。
そのために狂い餓鬼大頭もしくは餓鬼大将の死骸を探して──でもこれは結局の悪足掻きに過ぎない。
だって、それらを運良く見付けて、どうなるというのか?
いくらバラバラになっているとはいえ、魔食材をその死骸から摘出するには時間がかかる。
運良く摘出出来たとして。それを食らった後にどれ程の苦悶を強いられるか分かったもんじゃない。
というか、こんな満身創痍な身体で魔食に手を出すなんて前代未聞で言語道断。その苦悶の末に待つはショック死が関の山。
そもそも、あの阿修羅丸がそんな隙を見逃すはず、ないではないか。
それでも、懸けるしかない。
どうせ、まともな策は尽き果てている。馬鹿な真似を自嘲するのは死んだ後でも遅くない。
(あの『鬼』に憑り付かれるくらいなら、その前に阿修羅丸…お前に──)
いや…それだって最悪の結末なんだろう。だが俺にとっちゃ『まだいい最悪』だった。
(あの『鬼』に憑り付かれて、操られて、大家さんや、才蔵に才子、義介さんを…ッ、この手に掛けるくらいならっ!)
…阿修羅丸…お前にこそ食われたい。
モンスター相手にそう思える程の絆を感じるとはな。
そんな自分を不思議に思う。
だが本心だった。
そんな、俺の歪な一途に運命が応えてくれたのか。
──ボトボト、
目の前に、何かの肉塊らしきものが二つ。
降り落ちてきた?なんの塊かと【大解析】を発動すれば──
『狂い餓鬼大頭の肝』
『餓鬼大将の大肝』
これらは今まさに、俺が求めていたもの──しかし何故?そう思って見上げた先には、
決して美しいとは言えない餓鬼の顔。
…それに…見たこともない美しい微笑を浮かべた阿修羅丸…その手には…一つしかないその手には…俺が斬って打って爆ぜさせ…徹底的に破壊したその手には──そう、破壊されてしまってきっと、無理矢理にえぐり出すしかなかったのだろう…その無理矢理が窺える不器用さで、歪に曲がった数本の指先をぎこちなく使って…それでも大事そうに…摘まみ持たれたそれは──
『阿修羅丸の心臓』
「なん、で──」
それ以上の言葉は、なかった。出せなかった。
だってこれ以上愚かな誤解は、ないだろうから。
……そう、さっきまでの攻防含め、何から何まで、俺は阿修羅丸という存在を誤解していた。
咄嗟に見た阿修羅丸のステータに一つ、称号が増えていたのだ。
俺よ。
何故、これを見逃した?激闘の中だったといえ何故…これを見つける事を怠った?
「いつから…っ、一体、いつ、から──ッ」
そう、
俺は、根底の部分で勘違いしていた。
身勝手な『誤解』で闇雲に戦った。
だが、後悔してももう遅い。
何度見直しても結果は同じ。
阿修羅丸のステータス、
その称号の欄に、刻まれていたのだ。
──『平均次の従魔』──
おそらくこれは、『グルメモンスター』にあった『この称号を持つ者はテイマーの適正を持つ』という効果が発動して──そう…俺はいつの間にか、テイムしていた。
格上であり、孤高たるネームド、阿修羅丸を──
俺は…それに気付かず、それでも、彼が苦悩していた事を知っていて。それなのに。
俺は、強要した。
戦うことだけを。
そうだ…阿修羅丸は、あんなにも戸惑っていたじゃないか。涙まで見せて…それなのに…俺はなんて愚かな誤解を…そんな愚かな主に、阿修羅丸は何故、これほどの──献身を──
「阿修羅…丸…?」
彼はもう、答えない。
優しい笑みを無制限に。
俺だけに向けて。
そのまま。
彼はもう、動かなかった。
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