うつし世はゆめ

ねむていぞう

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火の神

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 北の方に降る雪は重く冷たい。そんな気がする。それはおそらく幼い頃の朧気な記憶に由来するのかもしれない。
 小高い山の上に母の生まれた家がある。まだ小さかった私は母に手を引かれてその山を登った。冬の夜、降りつもる雪で山は覆われている。
 明かりのない山道だった。街灯に照らされた都会の雪道を歩くのとは勝手が違う。母が手にした懐中電灯のわずかな明かりだけを頼りにひたすら歩く。
 母の生家にたどりつくと伯母が迎えてくれた。
「よく来たな。さあ、炬燵に入れ」
 私は躊躇なく居間の掘炬燵に潜る。母は伯父と何か話をしていたが、この地方独特の方言で何を話しているのか分からない。
 凍えそうな寒さだった。
 そう言えばいつか私は母から火の神の話をしてもらったことがある。
 何でもそれは容赦なく物を焼き払う荒々しい神で、母の実家では昔から火の始末ができていないと火の神がやってきて、そこらじゅう何でも焼いてしまうのだと言う。
「だから、火はちゃんと始末しないといけないよ」
 母は話の最後にそう付け加えた。
 だが、もしも火の神なるものが本当にいるのなら、こんな寒い思いをしなくてもいいのに、と幼い私は考えたものである。
 そして、いつしか寝入ってしまった。慣れない山歩きがよほど堪えたのか、また掘炬燵の温かさが心地よかったのか、私はすっかり熟睡していた。
 そのまま寝ていれば誰かが蒲団まで抱き抱えてくれただろう。しかし、掘炬燵に半身を潜らせたまま私は目を覚ました。怯えたような伯母の声が響いたからだ。
「火事だ。源爺のとこが燃えてる」
 伯父と伯母は急いで外へ出る。その後を追って母も私を抱えて出ていった。
 山の中原に燃えている家が見える。辺りに民家はない。既に建物は火に包まれていた。その赤々と燃え盛る炎は山一面に覆い被さった雪を紅に染めている。
 村の消防団が必死に消化にあたるが、成長した炎を止めることはできない。降りつもった雪で消防車は山を上がることなどできなかったのだろう。
 どこからか人が集まってくる。バケツで水をまく人もいたが、燃える建物には届かない。
「源爺は中にいんのか?」
 誰かが言った。
「この様子じゃ、助からねえよ」
 そんな会話を耳にしながら、私は震えていた。
 その時、燃え盛る炎の中で何やら人影が蠢いているの私は見た。
 それは暫くしてから何事もなかったように炎の中から出てきて、そしてどこかへ去って行った。
 周囲にいた大人たちはどうやらその影にはまったく気付いていないようだった。見えていなかったのだろうか。
 しかし、確かに私は見たのだ。あれは人だったのか、それとも母が話していた火の神だったのだろうか。

 炎は止むことなく、怒り狂ったように勢いを増していく。それはまだ三つの私にはあまりにも衝撃的な出来事だった。
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