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しおりを挟む戸惑いながらもそのまま大原さんと共にいつものライブハウスに向かい、ドリンクは頼まずに急いで会場に入った。
既に演奏は始まっていて、響いているギターの音だけですぐに隼人のバンドの出番であることに気づく。
二人で後方からステージを見つめると、すぐに隼人と目が合った。
「………………」
突然歌うのをやめた隼人に周囲は騒然とする。
目を見開いて固まっている隼人。
こんな彼を目にすることは初めてだった。
最近では特に飄々としていて、自信に満ち溢れていて、いつも余裕があって。
だけど今、ステージ上の隼人は、余裕なんてない。
ベースの人に肩を叩かれた隼人は我に返ったかのようにハッとして、また演奏を再開させる。
しかしギターの音色はどことなく頼りなくて、いつものような勢いがない。
歌詞も間違えるし、高音も出ていないし、ハッキリ言って散々な演奏だった。
周囲のお客さん達が、少しがっかりしている様子に胸が痛む。
「……ヘタクソじゃん」
隣から聞こえた大原さんの呟きに、お腹の底から怒りが沸いて、気づいたら叫んでいた。
「隼人!」
しんと静まり返った場内に、私の声だけが響く。
「隼人! 格好いい! 世界一!」
チャラいけれど、今も音楽に対して真摯でひたむきであることはわかっていた。
ギターを弾くときの幸せそうな眼差しは、昔と全く変わっていない。
その表情が好きだから、ずっと片想いを続けてきたの。
「隼人ー!」
私の声に、少しずつ周りからも歓声が上がり、再び観客達の熱気が溢れた。
隼人は私に向かって微笑んで、次の曲が始まる。
うっとりするような、少し恥ずかしくなるようなラブソングだった。
隼人の切ない声が身体の奥にダイレクトに伝わって、じんと熱くなる。
甘い響きに、まるで愛を囁かれているような感覚を覚えて、鼓動の速まりを抑えられない。
やっぱり彼が好きだ。
愚かであることはわかりきっているけど、溢れる感情は自分ではコントロールできない。
『千夏の為に歌うから』
例えそれが嘘だったとしても、今だけは隼人の歌に浸っていたかった。
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