上 下
8 / 10

しおりを挟む

 戸惑いながらもそのまま大原さんと共にいつものライブハウスに向かい、ドリンクは頼まずに急いで会場に入った。
 既に演奏は始まっていて、響いているギターの音だけですぐに隼人のバンドの出番であることに気づく。
 二人で後方からステージを見つめると、すぐに隼人と目が合った。

「………………」

 突然歌うのをやめた隼人に周囲は騒然とする。
 目を見開いて固まっている隼人。
 こんな彼を目にすることは初めてだった。
 最近では特に飄々としていて、自信に満ち溢れていて、いつも余裕があって。
 だけど今、ステージ上の隼人は、余裕なんてない。
 ベースの人に肩を叩かれた隼人は我に返ったかのようにハッとして、また演奏を再開させる。
 しかしギターの音色はどことなく頼りなくて、いつものような勢いがない。
 歌詞も間違えるし、高音も出ていないし、ハッキリ言って散々な演奏だった。
 周囲のお客さん達が、少しがっかりしている様子に胸が痛む。
 
「……ヘタクソじゃん」

 隣から聞こえた大原さんの呟きに、お腹の底から怒りが沸いて、気づいたら叫んでいた。

「隼人!」

 しんと静まり返った場内に、私の声だけが響く。

「隼人! 格好いい! 世界一!」

 チャラいけれど、今も音楽に対して真摯でひたむきであることはわかっていた。
 ギターを弾くときの幸せそうな眼差しは、昔と全く変わっていない。
 その表情が好きだから、ずっと片想いを続けてきたの。

「隼人ー!」

 私の声に、少しずつ周りからも歓声が上がり、再び観客達の熱気が溢れた。
 隼人は私に向かって微笑んで、次の曲が始まる。

 うっとりするような、少し恥ずかしくなるようなラブソングだった。
 隼人の切ない声が身体の奥にダイレクトに伝わって、じんと熱くなる。
 甘い響きに、まるで愛を囁かれているような感覚を覚えて、鼓動の速まりを抑えられない。

 やっぱり彼が好きだ。
 愚かであることはわかりきっているけど、溢れる感情は自分ではコントロールできない。

『千夏の為に歌うから』

 例えそれが嘘だったとしても、今だけは隼人の歌に浸っていたかった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

(R18)灰かぶり姫の公爵夫人の華麗なる変身

青空一夏
恋愛
Hotランキング16位までいった作品です。 レイラは灰色の髪と目の痩せぎすな背ばかり高い少女だった。 13歳になった日に、レイモンド公爵から突然、プロポーズされた。 その理由は奇妙なものだった。 幼い頃に飼っていたシャム猫に似ているから‥‥ レイラは社交界でもばかにされ、不釣り合いだと噂された。 せめて、旦那様に人間としてみてほしい! レイラは隣国にある寄宿舎付きの貴族学校に留学し、洗練された淑女を目指すのだった。 ☆マーク性描写あり、苦手な方はとばしてくださいませ。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる

奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。 両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。 それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。 夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

自習室の机の下で。

カゲ
恋愛
とある自習室の机の下での話。

処理中です...