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しおりを挟む────『さっきの男、なんであんなに馴れ馴れしいの?』
バイト帰り、歩きながらスマホを取り出して、隼人から届いていたメッセージに立ち止まる。
こんなことを言うなんて、彼らしくもない。
『なんでライブ来てくれないの?』
『会いたい』
少しの時間を置いて、連投されていたメッセージに、胸が苦しくなる。
それでも返事は返せない。
もしかしたら、同じようなことを他の女の子にも言っているのかと思うと、彼を信じる気にはなれなかった。
それでもまだ、唇の温かな感触が忘れられない。
『今度の土曜、○○○でライブする。絶対来て。顔パスにしとくから』
そんなメッセージも、とうとう既読無視してしまった。
「個室で雰囲気良いお店あるんだ」
土曜日の夕方。
バイト帰りに大原さんと繁華街を歩く。
「個室……ですか?」
正直言って少し戸惑った。
二人で食事をするのは嫌ではないけれど、初っ端から個室の空間は抵抗がある。
私達はまだそこまで、距離が縮まっているわけでもないし。
「ここから近いから。料理も美味しいよ。きっと気に入ると思う」
「はい……」
どうしよう。今更嫌ですなんて言えない。
でもなんだか彼の必死さが伝わって、少しずつ嫌悪感を覚えてしまっている。
「ほら、早く」
腕を掴まれて、悪寒が走った。
隼人に触れられる時は、ちっとも嫌じゃなかったのに。
「あの……」
なんだか大原さん、仕事の時と雰囲気が違って怖い。
「ええと……」
冷や汗が滲んだその時、まるで助け船のようにしてスマホが鳴った。
それを理由にして、さり気なく大原さんの手から離れると、鞄からスマホを取り出す。
電話の発信主は、隼人だった。
名前の文字を見ただけでホッとして、じわりと涙が滲む。
「もしもし、隼人?」
ほとんど無意識に電話に出ていた。
大原さんはそんな私を訝しげに見ている。
『……千夏。お願いだからライブ来て』
「隼人……」
どうしてそんなに必死になってまで私を呼ぶの。
私一人行かなくても、充分な観客数で賑わっているし、ファンだってたくさんいる。
私がいなくたって、隼人は。
『……千夏の為に歌うから』
そんな一言に、みるみるうちに胸に温かいものが込み上げて、いても立ってもいられなくなる。
『頼むから』
「……わかった」
そう一言返して、電話を切る。
じっと私のことを見つめている大原さんに、深々と頭を下げた。
「……本当にごめんなさい! 今からどうしても観たいライブがあるんです!」
ドタキャンなんて最低なのはわかっている。
だけど、やっぱり自分の気持ちには嘘をつけない。
「ホントにごめんなさい!」
再び謝って、踵を返したその時。
「……じゃあ、俺も行くよ」
思ってもみなかった大原さんの言葉に目を見開く。
「一緒に連れてって」
断る理由も思いつかずに、頷くしかなかった。
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