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しおりを挟むその夜から、私達はとんでもなく気まずい関係になってしまった。
どんな顔をして会えばいいのかわからなくて、大学でも避けてしまうし、あれから一度もライブに行っていない。
隼人から連絡が来ても、当たり障りのない言葉を返すだけになり、以前のようなフランクな関係とは程遠くなってしまった。
寂しくないと言えば嘘になる。
だけどこれ以上彼に深入りしてはいけないと、恋をすればするほど傷つくのは自分だと、本能が警報を鳴らしている気がした。
あの夜のキスがあんなにも気持ち良かったのは、彼が行為に慣れているということを物語っている。
たくさんの女の子のうちの一人になんてなりたくない。
私のちっぽけなプライドが、彼から遠ざけた。
────「ちなっちゃん、最近元気ない?」
バイト先のカフェで、接客の合間にカップを無心で洗っていた時。ひとつ上の先輩、大原さんが声をかけてきた。
「代わろうか? あんまり無理するなよ」
「ありがとうございます。大丈夫です」
大原さんは温厚で頼りになるお兄さんという雰囲気で、シフトが一緒だと安心感が果てしない。
だけどそろそろ彼は就職先のインターンが始まるそうで、今月いっぱいでバイトを辞めてしまうそうだ。
「ちなっちゃん、俺辞める前にさ、一回飯食いに行かない?」
そんな誘いに微笑んで頷く。
「いいですね! 他のメンバーにも声かけときます」
すると大原さんは、少し顔を赤らめて言った。
「いや、あのさ。……ちなっちゃんと二人で行きたいんだけど」
彼の表情や言葉で、なんとなく意味がわかってしまった。
面食らってすぐには答えられない私に、彼は苦笑する。
「返事はいつでもいいから。考えといて」
彼の気遣いを有り難く思いながら頷く。
やっぱり大原さんは落ち着いていて、大人っぽくて思慮深い。
付き合うんだったらこんな人がいいのではないかと、漠然と思い浮かんだ瞬間、カウンターに現れたお客さんに絶句する。
「いらっしゃい……ませ」
「………………」
どこかムッとした表情で私を見つめている隼人。
隣には、この間の飲み会の席にはいなかった可愛らしいショートヘアの女の子が佇んでいて、嬉しそうに隼人の腕にまとわりついている。
「隼人、ラテだっけ? ね、ケーキ頼んでもいい?」
彼女主導のもと、注文を済ませた二人は、よりによってカウンターから一番近い席に着いて仲睦まじく談笑している。
……やっぱり隼人はチャラかった。
私とのキスなんて、彼にとってはなんの意味もない。
そう思ったら虚しさが広がって、何もかもがどうでもよくなった。
「……大原さん、さっきの話なんですが」
また来客が止まり落ち着いた頃、思いきって大原さんに声をかける。
「是非ご飯連れてってください。……二人で」
私の返事に大原さんは嬉しそうに微笑み、ふいに私の頭を優しく撫でる。
「楽しみにしてる」
大原さん越しに見えた隼人と目が合って、私はすぐに視線を逸らした。
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