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しおりを挟む「ちょっと、離してよ」
「んー?」
酔った振りをして、隼人は全然離れてくれない。
相変わらず彼の左側では女の子がベッタリだし、パッと見ると隼人が両方に女性をはべらせているような状態だ。
挙げ句の果てに、別の女の子から「はい、アーン」と焼き鳥を食べさせられていて、この状況に嫌悪感が募り苛立ちを抑えられなかった。
「……私もう帰ります」
隼人から逃れるように勢いよく立ち上がり、自分の分の飲み代をテーブルに置くとお座敷を降りた。
……最低。たくさんの女の子を弄んで楽しんで。
そんな奴だとは思わなかった。
腹が立って仕方なくて、それが涙となってじわりと滲んだ。
もうやめよう。片想い。
好きになっても未来がない。
私が恋した、不器用だけどピュアで真面目な隼人はいなくなったんだ。
「……待ってよ」
「わ!」
居酒屋を出た途端に背中で響いた声に肩が弾む。
振り向くと、少しシュンとして元気がない隼人が立っていた。
「送ってく」
そんな言葉に面食らって、だけど素直に喜べない。
「いい。隼人は皆のところに戻って」
つんけんしてしまう態度を抑えられない。
正直言って今は顔も見たくなかった。
「ごめんって。……調子に乗りすぎた」
いつになく弱気な隼人に拍子抜けする。
その顔は昔の隼人と変わらなくて、懐かしくて余計涙腺を刺激する。
「……もう触らないから」
思ってもみなかった言葉に絶句する。
「別に、そっちに怒ってるんじゃない」
「え? そうなの?」
キョトンとする隼人に、怒りが静まっていくのを感じた。
「彼氏いる女の子に手出しちゃだめだよ」
そう言うと、隼人は「そっちか」と何故かホッとしたように呟く。
「……わかった。気をつける」
どうにも信用できない軽い返事だった。
「だから触らせて」
「え?」
突然手を握られて、再び言葉を失う。
そのまま駅まで手を引かれ、拒否するタイミングを失った。
狡い。いつも、私ばかりが翻弄されて。
こんなにチャラい奴、好きでいたら傷つくだけなのに。
結局、口数少なくも私達は二人で電車に揺られ、私の一人暮らしのマンションの最寄り駅で降りた。
何度断ってもずっとついて来て、自宅の玄関まで送ってくれた隼人。
「……ありがと」
「いや」
こういう時、どうすればいいんだろう。
お茶くらいご馳走するべき?
そういえば、一人暮らしをしてから隼人が遊びにくるなんてこと、今まで一度もなかった。
実家にいた時は、よくお互いの家を行き来してたのに。
「……お茶飲んでく? そういえば、昔隼人が好きだったゲームの新作、最近買ったんだよ」
「………………」
隼人は黙り込んでじっと私を見つめる。
どことなく甘い空気に変わった気がして、胸がキュッと締めつけられて苦しくなった。
ドキドキしていても立ってもいられない。
「……帰るよ」
「……そう」
何を残念がってるの。
彼に恋するのやめようって、さっき誓ったばかりなのに。
「じゃあ」
「うん。おやすみ」
今度こそ手を振って、背を向ける彼を見送ってから鍵を開ける。
だけど突然ふわりと彼の匂いに包まれて、心臓が止まるかと思った。
「隼人……!?」
振り向いた瞬間、力強く抱き締められる。
何が起きているのかまだ理解できない。
頭は追いつかないのに、それでも心の方はしっかりと反応し、彼の抱擁に歓びが込み上げた。
「ごめん。やっぱ無理」
切なげな声が色っぽく耳元に響いて、ライブハウスの時と同じくらい震える。
身体の方はよっぽど正直で、気づいたら彼の背中のギターに手を回し抱き締め返していた。
「ん……」
顔を上げた瞬間、唇が重なる。
彼の柔らかい唇の感触が脳を痺れさせ、身体の奥を蕩けさせていく。
絡まる舌は熱く、ほんのりアルコールの味がした。
「んん……」
そのままドアの方に追いやられ、キスはより深くなっていく。
途中で耐えきれずに息継ぎをしても、すぐにまた唇を塞がれた。
彼の長い指が耳に触れて、敏感なところを探し当てるように撫でられる。
あまりの気持ち良さに、頭は真っ白だった。
……男の人と、初めてキスをした。
しかも初恋の、長年片想いしていた相手と。
妙な感動と、想像していたよりももっと生々しい行為に、心身共にオーバーヒート寸前だった。
彼の手が私の腰を撫でた瞬間、ガクッと身体の力が抜けて腰砕けになる。
すぐに隼人に支えられて、なんとか立っていられる状態だった。
「……ごめん。今度こそ帰る」
彼は私が玄関の鍵を開け、中に入るまで見守ってくれていた。
「他の男、こうやってすぐ家の中に誘っちゃだめだよ」
そう一言言い残して、今度こそ隼人は帰っていった。
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