ビバリウム

結城由真

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「カオリ、ただいま」

 玄関から声がして、革張りのソファーに座っていた私は勢いよく立ち上がる。
 リビングに現れた悟に飛びつき、私達は熱い抱擁を交わした。

「……ちょっとカオリ。悟さんから離れて」

 そうふくれっ面で悟にまとわりつく若い女性は、彼の新しい妻だ。

「焼きもち妬くなって。愛してるのは優香だけだよ」

 二人は私の目の前で、何度も深い口づけを交わした。

「にゃあ! にゃあ!」

 必死になって声を上げると、優香はクスッと私に微笑みかける。

「ごめんね。先にご飯にしようね」

「にゃあ!」

 二人がリビングのローテーブルで赤ワインを飲んでいる様子を、四つん這いになって黙って見つめていた。
 一時間でも、二時間でも、待ち続けることができる。

 しばらくして酔いが回ってきた二人は、だんだんとお互いの身体を触り始め、ついに優香が服を脱ぎだした時、私は再び「にゃあ」と鳴いた。

「ごめんね、カオリ。にゃおちゅーるあげるから、これ食べて待ってて」

 差し出されたキャットフードを貪るように吸い上げる。

「良い子ね」

 優香は私の頭を撫でた後、悟が座るソファーに戻り、またキスを始めた。

「ん……ふぅ……」

 二人の吐息が響く中、ひたすら生臭いキャットフードを咀嚼する。
 やがて激しいセックスが始まり、二人は私に見せつけるようにして恍惚とした表情を浮かべ、私を見つめながら身体を揺らし始める。

「カオリが見てると……恥ずかしい……」

「興奮してるくせに」

 まぐわう二人を眺め、ひたすら「にゃあ」と鳴いていた。
 もう涙すら出てこない。
 このような状況でも、止めどなく生に対する渇望が込み上げてくることが可笑しくて、自嘲するように声を漏らす。

「……あぁっ……」

「お……ぉ」

 生きなければ。何があっても。
 例えペットとして飼育され続けたとしても。

「…………ん……!?」

「身体が……」




 




 …………なんて、私がしおらしく思うわけないでしょ。

 ソファーから崩れ落ちる二人を、立ち上がって見下ろした。

「…………なに……」

「カオリ……お前……」

 朦朧としながら地べたを這う二人があまりにも滑稽で、笑いが止まらなかった。

「処方されてた睡眠薬と筋弛緩剤、飲まずにためておいてよかった」

 悟達がいない間に、ワインの瓶にたっぷりと薬を塗る混入しておいた。
 しばらく身体を動かせはしないだろう。

 二人を何度か蹴りつけた後、目隠しをし、猿ぐつわと手錠を装着させる。
 二人はクネクネと気味悪く、床を泳ぐように蠢いた。
 その無様な姿を見て、やっとのことで心が満たされていく。
 
「二人とも、ヘビみたい」

 ゆったりとした気持ちでソファーに腰かけ、スマホでヘビの餌を検索し始める。
 既に意識を失っている二人の背中に足を置き、上から赤ワインを垂らした。

「今度は私が観察する番よ」

 抜け殻のようになった悟を見下ろし、「ちゃんと可愛がれるかな」と少しだけ心配になった。



        おしまい
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感想 7

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みんなの感想(7件)

はこり氏
2024.10.09 はこり氏

追記 短編物は最後駆け足になりよく分からないまま完結しますが、こちらの作者さんは上手に着地させますねぇ。

解除
はこり氏
2024.10.08 はこり氏

最後どうなるんだろうとゾクゾクしながら読み進めたら、なるほどそうきたかと、、、人間は恐ろしい

次回作も楽しみにしております!

解除
ゆゆ
2024.10.03 ゆゆ

ゆゆです。初コメです...緊張するなぁ(笑)
ホラーな内容に心臓ばくばくしながら読んでましたが楽しめました!
また次回の作品を楽しみにしています!

解除

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