ビバリウム

結城由真

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 ミクに対する仕打ちを、悟は止めはしなかった。
 私がミクを虐げる姿を楽しんでいるようにも見えた。
 時には二人でミクを極限まで痛めつけ、その様子を動画で撮影する。
 いつしか行為に一体感を覚え、悟と奇妙な絆を取り戻してさえいたのだった。

「うぇ……うう……」

 キッチンの小さな灯りだけがついた薄暗いリビングで、今日も一人、無言でひたすらミクに暴力をふるう。
 ミクを殴っていると胸の奥がすっと冷えて、その感覚が気持ち良い。
 ぞくぞくと身体が震え、脳内に麻薬物質が止めどなく溢れていくのがわかる。

 どちらかというと、自分は今までの人生で被害者側の人間だった。
 常に相手の為に奉仕し、搾取され続け、代わりに一握りの幸福を享受する。
 それはあまりにも無様で、情けない生き方だ。
 だけど今、私は加害者になれている。
 イニシアチブは私の手の中にある。
 彼女をいたぶり続けている時だけ、生の実感を得ることができた。
 これは動物としての本能か、抑圧されてきたことへの反動か。自分にこのような残忍性があるなんて思いもしなかった。

────「……っゃめて……」

 最後に腹を勢いよく蹴り上げた瞬間、ミクから小さな声が漏れ目を見開く。
 ……初めてミクが話した。
 私は我に返ったように恐怖に戦慄いて、立ち尽くしミクを見下ろした。

「お願い……お腹だけは……やめて」

 ミクは堰を切ったように、嗚咽と共に言葉を漏らしていく。
 私はごくりと唾を呑み込み、薄汚れた彼女の裸体を見つめていた。

「お願い……お腹は蹴らないで」

 彼女がこんなにもしっかりと言葉を話す姿を見るのは不思議な気持ちで、次第にまた沸々と怒りが沸いてきた。
 犬の癖に生意気な。
 そんなふうに、奇妙な敗北感を覚える。
 また私達の関係性が崩れてしまうことに、えも言われぬ恐怖を感じた。

「……生理がきてないの。赤ちゃんがいるかもしれない」

 その一言に、私の中にあった最後の糸がぷつりと切れた。
 確かにミクはしばらく生理がきていない。だけどそれは、ストレスと栄養失調によるものだと思っていた。
 
 ……私が愚かだった。
 彼女はずっと悟と愛を育み、彼との子供を身籠もっていたのだ。
 
 何故彼女が、ここまで生きることに拘り劣悪な環境にしがみついていたのかがわかった瞬間だった。
 その魂の気高さへの劣等感と、悟のパートナーとしての役割を全て奪われたことの屈辱が、烈火のごとく私の体内で煮えたぎる。

 気づいたら彼女をゲージから引き摺り出し、キッチンに向かい包丁を手にしていた。

「助けて!」

 必死に逃げまどうミクを追いかけ、金切り声を上げながら包丁を彼女に振り下ろす。

「ひぃ……!」

 刃はかすったが、ミクはその場に崩れ落ちる。
 ずっと四つん這いにされ続けていたから、うまく歩けないのだろう。

「ああああああああ!」

 ミクの上に馬乗りになり、狂ったように叫びながら包丁を刺し続けた。
 ミクは獣のような低い声を上げ、血走った目が飛び出し、びくびくとおもちゃのように痙攣していた。
 それでも必死に弱々しく手を腹部に近づけるので、憎しみを込めて一際強く腹に刃を当てる。
 やがて彼女は目を開けたまま硬直し、フローリングには血の海が広がった。

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