ビバリウム

１１

　だんだんと、悟の態度が変わり始めた。
　以前にも増して家に居る時間が減り、帰ってきても私を罵倒するばかり。
　彼はミクに対しては変わらずに優しく可愛がり、心の拠り所のように溺愛する。
　二人を見ていると孤独や疎外感を感じ、屈辱でしかなかった。

　それでも潤沢な生活を手放せず、虚しさに心が悲鳴を上げながらもこの状況に甘んじていた。

「こんな不味いの食えるか！」

　長時間かけて煮込んだビーフシチューを食べて、悟はスプーンを思いきり私に投げた。
　かろうじて顔には当たらなかったけれど、カーペットには茶色い染みができた。
　這いつくばってそれを拭いていると、悟はため息をついてシャツを脱ぎ始める。

「風呂の用意は？」

「できてます」

　見上げた悟の背中に、くっきりと引っかき傷があった。
　女性の長い爪が、快楽に悶え彼につけたものだとすぐにわかった。
　たくさんのキスマークをつけた肌に、胸が引き千切られそうになる。

　彼は隠そうともしない。
　完全に私のことを奴隷として見下している。
　愛のある夫婦生活とは程遠い。

「わん！　わん！」

　全てに憔悴する私に慈愛の眼差しを向けてくれるのは、ミクだけだった。


『ぁんっ……悟さ……』

『愛してるよ、ユウカ』

『もうっイクからぁ！』

『愛してる！　愛してる！　愛してる！』

　ある日、ベッドルームに置かれている悟のノートパソコンから、おびただしいほどの動画を発見してしまった。
　彼は見知らぬ女性と濃厚な性行為を繰り返し、それを撮りためていた。

『愛してるっ！　ユウカだけ！』

『私もぉっ……』

　様々な場所で、様々な体位で。
　丁寧に、日付と所要時間、行為内容までもが詳細に記載されている。
　暗闇の中、耳を塞ぎたくなるような喘ぎ声が部屋いっぱいに響く。
　ひたすら二人が腰を振り続ける姿を見つめ、静かに涙を流した。

　もう限界だ。

『愛してる！　愛してる！　愛してる！』

　私以外の女性に何度も愛を叫ぶ悟に、完全に私の心は壊れた。

「わん……」

　ミクの悲しそうな鳴き声が背後から聞こえ、ゆっくり振り向く。

「ミク……もう私、無理かも」

　堰を切ったように嗚咽が漏れる私を、ミクは優しく抱き締めてくれる。

　そして、ゆっくりと私に口づけるのだった。

「ん……」

　ミクの舌が口内をなぞり、ぞくりと震える。
　温かな感触が気持ち良くて、涙が止まらなかった。
　いつしかキスに夢中になり、雪崩れるように二人でベッドに倒れ込む。
　焦りを滲ませてお互いの服を脱がし、激しく身体を絡ませる。
　ミクの肌は滑らかで柔らかく、抱き締めているだけでも癒されていくのを感じた。

「ひ……あ……」

　ミクの舌は私の身体の隅々まで舐め続ける。
　こんなに愛情を感じる愛撫は初めてだった。
　悟との時とは比べものにならないくらい、幸福を感じる。

　動画はまだ終わらない。
　悟の気色悪い喘ぎ声が響く中、私達はお互いを求め合う。

「う……ああ……」

　私は情けなく泣き、うめき声を上げながら、ミクが与えてくれる刺激に没頭するしかなかった。