ビバリウム

結城由真

文字の大きさ
上 下
10 / 17

10

しおりを挟む

 それから半年ほど、私達は仲睦まじく生活を送っていた。
 ミクがいることで夫婦の絆も深まり、良好な関係が続いている。
 悟は相変わらず仕事が忙しく、家に帰ってくることは少なかったが、ミクが居るから寂しくなんてなかった。
 欲しいものはなんでも手に入り、家でミクとゆっくり過ごすことができる日々は、私にとって幸福そのものだった。

 ただひとつ、叶えたい夢が芽生える。

「ねえ悟、たまにはミクを外に連れていってあげない?」

 久しぶりに早く帰ってきた悟に、意を決して提案する。

「ずっと家に閉じ込めておいたら可哀想だよ。外の景色も見せてあげたい。せっかく可愛い服たくさん持ってるのに」

 悟はあからさまに不快感を露わにして、難色を示した。

「だから言ってるだろ。ミクは外の世界が怖いんだ」

 それでも私は諦めずに反論した。

「大丈夫。私がついてるから。最初は近所の公園とかにして、徐々にならして……」
「だから無理だっつってんだろ!」

 突然響いた怒号に身体がびくついた。
 彼がこんなふうに声を荒らげるのは初めてで。

「二度と馬鹿なこと言うんじゃない。わかったな」

 冷ややかな眼差しの悟に狼狽し、頷くしかなかった。

「わん……」

 どこか悲しそうな声で鳴き、私に擦り寄るミク。
 ……ミクを外に出したくない理由があるってこと?
 訝しく思うも、悟の豹変が怖くてそれ以上詮索できない。

「……あとさ、お前家事さぼってない?」

「え……?」

 悟は心底呆れたような表情で言った。

「飯はまずいし、家も汚えし、最悪だな。全く安らげない」

 ショックだった。
 結婚当初は家事なんて面倒で消極的だったけれど、ミクと暮らしていくうちに何気ない暮らしの幸福を知って、精一杯家事に専念してきたつもりだ。
 料理も勉強しているし、床にはちり一つ落ちていない。

「……ごめんなさい。もっと頑張る」

 それでも口ごたえはできなかった。
 この穏やかな暮らしを失うのが怖い。
 悟に捨てられたら、私はもう生きていけない。

「あー。俺、ちょっと実家帰るわ」

 そう言って、すぐに出て行ってしまう悟。

「わん……」

「……大丈夫よ」

 心配そうに私を見上げるミクの頭を撫でて、引きつった顔で精一杯微笑んだ。
 
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...