ビバリウム

結城由真

文字の大きさ
上 下
5 / 17

しおりを挟む


「今日から宜しくお願いします」

「こちらこそ」

 微笑み合って彼のマンションのエレベーターに乗り込む。
 何もかもがラグジュアリーで眩しい。
 エントランスの奥には上質なソファーが置かれたロビーがあり、中庭に噴水が見えた。
 今日から毎日ここを通るなんて夢のようだ。

 高層マンションの最上階へと昇っていく。
 まるで小さなピラミッドの頂点に立ったような気持ちがしてくすぐったく、とても爽快な気分だ。
 だけどエレベーターを降りた時、すれ違った男性が私達に挨拶をしてくれなかったことに少しムッとした。
 私達夫婦より完璧な幸福を手にしているわけじゃないくせに、馬鹿にするなんて。

「しかし、随分荷物が少ないね」

 彼がクスッと笑うので、私も気を取り直す。

「全部断捨離してきた。だって今日から新しい生活が始まるんだもん」

 過去のことは全て忘れて、新しく生き直す。
 彼の妻として、全てを手に入れた成功者として。

「ここだよ」

 廊下の一番奥の部屋に辿り着くと、彼はカードで鍵を開けドアを開いた。
 大理石でしつらえられた玄関に息を呑む。
 髪の毛一本落ちていない、ピカピカに磨かれたフロアが目を惹いた。
 大きなディフューザーからは芳しい香りが漂い、飾られてある絵画も見るからに高額そうな有名アーティストが手がけたものだ。

「素敵なお家……」

 うっとりとしながら靴を揃え、彼の自宅に足を踏み入れる。

「そういえばわんちゃんは?」

 鳴き声がしないし、玄関でのお出迎えもなかった。
 彼は笑って「リビングにいるよ」と言いドアを開ける。

 部屋の中を見た瞬間、私は呆然と立ち尽くした。

「え……?」

 豪華絢爛なリビングに驚いているわけではない。
 部屋の中に犬が居なかったからだ。
 代わりに、私よりだいぶ若い、20歳前後の髪の長い女性が革張りのソファーに腰かけていた。

「ただいま! ミク!」

 彼が満面の笑みで手を広げると、女性は立ち上がり飛びつくように悟さんの胸に抱きついた。

「遅くなってごめんな! ミク!」

「わん! わんわん!」

 何が起きているのかわからなくて、私はしばらく放心するしかなかった。

「くすぐったいよ」

 女性が彼の顔を舐め始め、二人が濃厚なキスを交わした瞬間、ついに激しい怒りが込み上げた。

「ちょっと! どういうこと!? 他に女がいるなんて。……私のこと騙してたの!?」

 怒り狂い喚く私を、二人はキョトンとした目で見つめる。

「違うよ。ミクは犬だから」

「わん!」

 二人が何を言っているのか理解できず、くらっと目眩がした。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

処理中です...