ビバリウム

結城由真

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「今日から宜しくお願いします」

「こちらこそ」

 微笑み合って彼のマンションのエレベーターに乗り込む。
 何もかもがラグジュアリーで眩しい。
 エントランスの奥には上質なソファーが置かれたロビーがあり、中庭に噴水が見えた。
 今日から毎日ここを通るなんて夢のようだ。

 高層マンションの最上階へと昇っていく。
 まるで小さなピラミッドの頂点に立ったような気持ちがしてくすぐったく、とても爽快な気分だ。
 だけどエレベーターを降りた時、すれ違った男性が私達に挨拶をしてくれなかったことに少しムッとした。
 私達夫婦より完璧な幸福を手にしているわけじゃないくせに、馬鹿にするなんて。

「しかし、随分荷物が少ないね」

 彼がクスッと笑うので、私も気を取り直す。

「全部断捨離してきた。だって今日から新しい生活が始まるんだもん」

 過去のことは全て忘れて、新しく生き直す。
 彼の妻として、全てを手に入れた成功者として。

「ここだよ」

 廊下の一番奥の部屋に辿り着くと、彼はカードで鍵を開けドアを開いた。
 大理石でしつらえられた玄関に息を呑む。
 髪の毛一本落ちていない、ピカピカに磨かれたフロアが目を惹いた。
 大きなディフューザーからは芳しい香りが漂い、飾られてある絵画も見るからに高額そうな有名アーティストが手がけたものだ。

「素敵なお家……」

 うっとりとしながら靴を揃え、彼の自宅に足を踏み入れる。

「そういえばわんちゃんは?」

 鳴き声がしないし、玄関でのお出迎えもなかった。
 彼は笑って「リビングにいるよ」と言いドアを開ける。

 部屋の中を見た瞬間、私は呆然と立ち尽くした。

「え……?」

 豪華絢爛なリビングに驚いているわけではない。
 部屋の中に犬が居なかったからだ。
 代わりに、私よりだいぶ若い、20歳前後の髪の長い女性が革張りのソファーに腰かけていた。

「ただいま! ミク!」

 彼が満面の笑みで手を広げると、女性は立ち上がり飛びつくように悟さんの胸に抱きついた。

「遅くなってごめんな! ミク!」

「わん! わんわん!」

 何が起きているのかわからなくて、私はしばらく放心するしかなかった。

「くすぐったいよ」

 女性が彼の顔を舐め始め、二人が濃厚なキスを交わした瞬間、ついに激しい怒りが込み上げた。

「ちょっと! どういうこと!? 他に女がいるなんて。……私のこと騙してたの!?」

 怒り狂い喚く私を、二人はキョトンとした目で見つめる。

「違うよ。ミクは犬だから」

「わん!」

 二人が何を言っているのか理解できず、くらっと目眩がした。
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