ビバリウム

結城由真

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 土曜日。待ち合わせのカフェで辺りを見渡すも、彼の姿はない。
 さっき「先にお店に入っています」と連絡があったのに。

 ……やられた。
 それが率直な気持ちだった。
 悪戯かなんなのか、初めから会う気なんてなかったのか。
 それとも、どこかで私の姿を確認してから、好みではないと判断して帰ったか。
 どちらにしてもショックは大きく、悔しさと情けなさに打ち拉がれる。
 ……せっかく理想の人を見つけたと思ったのに。
 やっとマウントや不安から解放されると信じていたのに。
 拳を握り締め踵を返した瞬間、近くのソファー席から低い声が響いた。

「香織さん」

 びっくりして声が出ない。
 私の名前を呼ぶ声は、うっとりするほど素敵なバリトンボイスで。
 立ち上がりこちらに微笑みかける男性は、とても麗しく気品に溢れている。
 180cm以上あるのでは、と思うほどの高身長と、スラッとした骨格、そして彫りが深く整った顔立ち。
 まるで俳優のように容姿端麗な彼に目を奪われる。

「香織さん、悟です」

「悟さん!?」

 呆然と耳を疑った。
 目の前の人が悟さんだなんて信じられない。
 写真とは別人だ。

「座ってください。ちゃんと説明しますから」

 促されるがまま、彼が座っていたテーブル席に向かい合って腰かける。
 彼はスマートに紅茶の種類を説明してくれて、私が選んだアールグレイを店員さんに注文してくれた。

「………………」

 まだ状況が理解できず、じっと黙って彼を見つめていた。
 彼は朗らかに微笑んで、柔らかい眼差しに心臓が高鳴る。

「騙してしまいすみません。あの写真は嘘なんです」

「そうなんですか?」

 まさか嘘だったなんて。
 彼の意図が理解できない。
 こんなに外見に優れていたら、それこそ引く手あまたじゃない?
 私なんかに声をかけなくても、もっと素敵な女性はいくらでもいたはずだ。
 そもそも、マッチングアプリなんてする必要もない。

「どうして嘘なんて……」

 悟さんは苦笑した。

「外見は邪魔だったからです。僕の中身を見てほしかった。見てくれに惑わされず、内面的なもので繋がり合える相手を探していたんです」

 なんて誠実な人なのだろうと感嘆する。
 こんなに容姿端麗であるにも関わらず、それを強みにせずに中身で勝負するなんて。

「そしてそんな僕の中身を見てくれたのが、香織さんでした」

 恍惚とした瞳で見つめられドキッとする。
 悟さんのような素敵な人と交際した経験なんてなく、耐性がついていない。

「……騙したこと、怒ってますか?」

「とんでもない!」

 正直言って外見は当てにしてなかったけれど、予想外にイケメンなんて嬉しい誤算でしかない。
 だけど一つだけ懸念があった。

「もしかして、他にも嘘が?」

 彼は察したように笑った。

「いえ、他の話は全て本当です。都内の○○に勤めてますし、年収も嘘偽りはありません」

「そうですか」

 あからさまにホッとしてしまう私に、彼はクスッと笑ってくれる。
 目が合うだけで心臓が高鳴り、全身が熱くなって落ち着かない。
 早くも悟さんに惹かれ始めているのを感じた。

「……香織さん、正直に言って僕はもう心に決めています」

 真っ直ぐ見つめられ、もう悟さんのことしか考えられない。

「僕と結婚を前提に交際してくれませんか?」
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