ビバリウム

１

『香織さん、そろそろ一度会ってみませんか？』

　ついにこの時が来た。
　マッチングアプリに登録してから三ヶ月、なかなか運命の相手に巡り会うことは難しく、失敗を繰り返してきたけれど。
　悟さとるさん。この人となら会ってみる価値はありそうだ。

　私より三つ年上の33歳。大手IT企業に勤める会社員で、年収は介護士である私の三倍ほど。
　音楽鑑賞という趣味も共通しているし、好みのジャンルも一緒だ。
　次男だから両親と同居する必要もなく、一人暮らしで家事にも慣れているらしい。
　結婚したら専業でも共働きでも相手に合わせるそうで、ライフスタイルも特にこだわりがないとのこと。
　ギャンブルに興味なし、お酒は嗜む程度、奥手で女性との交際も比較的少なめ。
　こんなに全てが完璧で、好みにぴったり合う男性なんて他にいない。
　掲載されている写真は正直言ってぱっとせず、少しふくよかでタイプではないけれど、これだけの条件であればそんなことはどうだってよかった。

　……これで私も、やっと結婚できる。

『香織、ごめんね。主婦は忙しいんだ』

『家族が優先だからね』

『独り身の香織にはわからないでしょうけど』

『身軽でいいなー』

　友達や同僚からそんなふうにマウントをとられるのも、これでお終いだ。


『是非お願いします！　ゆっくりお話したいので、カフェでお茶はどうですか？　場所は悟さんのご都合の良いところでかまいません』

　丁寧に、感じよく、謙虚に。
　このチャンス、絶対に逃さない。

『よかった。新宿にある○○ホテルのカフェなんてどうですか？　とても紅茶が美味しかったので、お茶好きの香織さんも喜んでくれると思います』

『嬉しい！　紅茶大好きなので楽しみです』

　明るく、可愛げがあって、おおらかに。

『ありがとう。じゃあ、今週の土曜日15時頃、ご都合どうですか？』

『大丈夫です！　楽しみにしてます』

『僕も楽しみにしてる』

　やりとりを終え、スマホをベッドに投げると一人盛大にガッツポーズをする。
　クローゼットを開いて服の吟味を始めた。
　並んだ服の中でも一番新しいベージュのワンピースを手に取り、鏡の前で自分に当てた。

「これでいっか」

　本当は新しい服を買いたいけれど、もう少しの辛抱だ。
　悟さんと結婚したら、たくさんの素敵な洋服を買ってもらえる。
　憧れていたブランドのバッグも、アクセサリーも、デパコスだって。
　欲しいものはなんでも手に入るんだから。

　鏡に向かってにっこりと微笑んだ。
　たいして美人ではないことは自分でもよくわかっているけれど、標準体型だし、化粧や髪型だって気をつけている。
　見た目がぱっとしない悟さんならば、きっと私のことを気に入ってくれるだろう。

　……それに、私には秘策がある。
　はらりと着ていた服を脱ぎ、下着姿の自分をまじまじと見つめる。
　Gカップの豊満な胸と艶めかしいくびれ。
　昔から、身体だけは最高だって言われてきた。
　この身体で迫ったら、きっと初心な悟さんは私に夢中になるはず。

「ん……ふ……」

　鏡の前で自慰に耽り、淫靡な声がワンルームに響いた。

「悟さん……」

　私を愛して。
　全てを与えて。

　その為だったら、どんな奉仕もしてあげるから。