借りてきたカレ

しじましろ

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第八章 婚活と就活

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 一か月後、仕上がったスーツが家に届いた。

「着てみたら?」

 みさをの勧めに、キキは「うん」と素直に応じた。

 早速、微かに薬品のような新品の布の臭いのするつややかな服に、キキが袖を通す。

 さすがオーダースーツだけあって、余分なたるみなどなく綺麗に体にフィットしている。店で見た時は地味に見えた生地もこうして着てみると丁度良い。
 スタイルの良いキキはスーツも難なく着こなせるようだ。普段着の時より随分大人びて、凛々しく見えた。

「どうかな?」

 くるりと回って見せたキキに、みさをは不覚にもドキッとしてしまった。
 自分が買った服を着せて喜んでいるなんて、パトロンのようで気持ち悪い。

「まぁ、悪くないんじゃない」

 見惚れていたことをキキに悟られないように、平静を装って答えた。


「いつまで寝てるの? 遅刻するよ」

 翌朝、みさをはキキに声をかけられて目覚めた。前の晩は遅くまで根を詰めて、新技術の勉強をしていたので、携帯のアラームが鳴ったことにも気づかず眠り続けていたらしい。

「んー」

 目をこすりながら体を起こすと、唇に違和感があった。

 寝ぼけていて、夢と現実を混同しているのかと思ったが、頭が冴えてくるとそうではないとはっきり分かった。

 バタバタとスリッパを鳴らして走って行って、洗面所で歯磨きをしているキキを鏡越しに睨みつける。

「ねえ、もしかして、さっき……私にキスした?」

「したよ」

 キキはさも当然のように言った。

「な……なんで?」

「なんでって、おはようのキス」

「いやいやいや、おかしいでしょ」

 興奮で自然と声が大きくなってしまう。

「私のこと、本当の姉だと思ってって言ったよね? フツーしないでしょ?きょうだいで、おはようのキス」

「そうかなぁ?」

 とぼけたキキの態度が、みさをの神経を逆なでする。

「しない! しないわよ。絶対に!」

 みさをは拳を握って叫んだ。実弟の雅史とキスなんて子供の頃でもしたことがないし、想像するのも嫌だ。

「もうしないでね」とたしなめると、キキは軽く「分かった」と頷いたが、本当に分かってるのかどうか怪しいものだ。
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