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4章

特別な花

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通された個室ば外観から想像もできない質素な部屋だった。部屋というよりは研究室に近く、魔力の煌めく水や改良された肥料、見たこともない花が並んでいる。

「狭いところですみません。ここは私の研究室でして…」

「いや、構わないよ」

自室に実験器具の多いルイにとってはむしろ過ごしやすい。気を遣いながら淹れてくれようとするハーブティを断ってルイは手近な椅子に腰を下ろした。

「ところで特別な花って?」

落ち着きのないルイに女性店員は微笑ましい視線を向けるとすぐに奥の部屋から鉢を持って来た。
鉢に植えてあるのは植物の見た目をした何かのようだった。
形は花弁が折り重なったいくつかの華やかな花のようだがそのどれもがクリアマテリアルで造られた偽物に見える。しかも、ランプのように柔らかな光を内包して向こう側の世界を透かし照らしていた。
まるでそこに心があるようだ。

「こ…れは?始めて見たよ。模造品かい?」

「いえ、紛れもなく植物ですよ。まだ名前すらついていない花なんです」

内側からのぼんやりとした温かい光に見惚れてルイは思わず手を伸ばす。手触りは確かに植物の瑞々しさがあり、見た目との違和感で不思議な感覚だった。
しばらく触っていると花の内側の光が揺らめいて少しだけ色が変わった。

「これは私どもで品種改良して作った花で、中の光は触れた人の感情によって色が変わるんです。色は魔力で固定できますよ。まだ店頭に並べられるほど量産ができていないんですが、もっと作れるようになったら告白やプロポーズ用の花として売り出そうかと思っていまして…」

告白、プロポーズという単語にルイの頬がじわじわと染まる。

「ご予定があるんじゃないですか?」

「そ…んな、そういうわけではないんだけど…」

「あのドクター・ルイの同居人…運命のトレラントですよね?」

女性店員は遠慮なく距離を縮めてくる。毒消しの出せる木属性特有の距離の近さだ。ルイはしどろもどろになって銀の睫毛を伏せた。

「もしかして、されたい方でしたか?確かにあのお方であれば…」

「そ、そうじゃないんだけど…僕、しばらく寝込んでいたし、彼とは…その、まだ、そういう関係になって日が浅いんだ。今日だって初めての…」

言い淀むルイに女性店員は堪らない表情で鉢に何かの紙を貼りつけると窓際に置いた。
真っ赤になって手で顔を仰ぐルイはその紙を見て眉を下げる。

「気になるのであれば、心が決まってからでも是非。こちらはプレゼントとして病院にお送りしておきますから」

「…貴重なものなんじゃないの?」

貼り付けられたのは宅配獣を呼ぶための紙だ。
女性店員はルイを見て、植物を見て、愛おしそうにその花を撫でた。

「母がお世話になったことがあるんです。ドクターに…だから、これは私からのささやかなお礼とちょっと気の早いお祝いです」

ルイは無言で微笑んでポケットから金に鈍く光る懐中時計のようなものを取り出す。
女性店員はやんわりとそれを押し戻すといたずらに笑った。

「プレゼントですってば」

ルイが何か言おうと口を開いたところで窓の外から笑い声が聞こえてくる。
よく聞き慣れた愛おしい声だ。ルイは反射で窓の外を見て、そこで男性店員と談笑する片喰を見つけた。
片喰は以前からアスクが欲しがっていた薬草が生えた鉢を抱えながら庭の花を見てまわっている。片喰の能力では出せなかった薬草なのだろう。この色とりどりの花の中で、アスクのお土産を真っ先に抱えているところがいかにも片喰らしくてルイは目を細めた。

「片喰さん」

声をかけると片喰は窓の方を見上げ、ルイを見つけると霧雨に反射して煌めく陽の光をたっぷり浴びた花よりも明るい笑顔を浮かべた。

「ルイ!そんなところにいたのか!見てくれこのサンザルッタ…アスクが欲しがってた魔獣治癒用の薬草、これだっただろ?家に送ってもいいか?」

「………あぁ、いいよ!」

胸の奥がぎゅうぎゅうに締め付けられる。
これが愛おしくて堪らないという感情だと理解こそしていても、ルイの中では処理がしきれず戸惑いが勝っていた。

「素敵ですね、パートナーの方」

女性店員の優しい声にルイは頷く。

「…まぁ、期間じゃないかもしれないね」

ルイが施したものだから、いつか吸収されるならそれまで抜きたくないと片喰がごねたために抜き損なった手首の揺らめく糸を見ながら、ルイはこれ以上ないほど優しい笑顔を浮かべた。
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