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4章
白ニット
しおりを挟む「あの反応なら正直かたばみはドクターにベタ惚れだと思う。普通に。でも、他の人と住んでて何があるかはわからない…念には念をだよ、ドクター」
ぼんやりしたまま出かけようとしていたルイを尾でバシバシと叩いてアスクは気合を入れ直す。そしてレイが寝ているのもものともせずにクローゼットから何十着も服を引き出してルイに合わせた。
「どうせなんだから麻耶も手伝わせよう。牽制もしとかなきゃ。まやー!」
片喰が自室で身支度をしているのをいいことに、アスクは部屋からキッチンにいる麻耶を呼ぶ。麻耶は片喰から引き継いだピンク色のエプロンを律儀に身につけたまま洗い物をたくあんに任せて部屋まで渋い顔でやってきた。
「ンだよ……今洗いもンしてるだろうが…」
「今からかたばみとルイ、デートなの!デート!万全にしたいの!どれがいいと思う?」
ルイとレイの半身であるラピアの存在をホテプでしか知らない麻耶はお節介な巨大な蛇に服をあれこれ押し付けられて顔を顰める。ただ出かけるだけでこんなにお祭り騒ぎになることは古城ではなかった。
「知らねェよ…藤さんの好みに合わせればいいだろ」
「かたばみの好み……?」
アスクは麻耶に目を向ける。麻耶が今着ているのは胸に大きく「キラキラバースト」と書いた謎のスェットだ。これは麻耶が吐いても着物より洗いやすいという観点から片喰が買ってきたものである。
全員がなぜこれを選んだのかと思うほど酷い服である。
「まさか…ダサいのが好きなのかな…」
「………知らねェのかよ、藤さんの好み…長い付き合いなんじゃァねェのかァ?今更デエトだなんだと…」
麻耶は呆れたように呟く。
初めて洞窟で出会ったのはもう一年ほど前の話だ。その時点でルイを庇って戦っていたということはもう同居もしていたのだろう。詳しいことはわからないが麻耶にとってはムータチオン・トレラントである以上、ふたりの関係もそう浅くないものに思えた。
ルイは口をへの字に曲げると拗ねた顔で麻耶を見上げた。
「付き合い始めはまだひと月も経ってないよ。…ずっと寝てたんだから」
「…………」
ルイが誰の責任で長い間昏睡していたかなど火を見るより明らかである。麻耶は気まずそうに苦い顔をしていたが、溜め息一つで踵を返す。
無言で部屋を出て、しばらくもしないうちにすぐ戻ってきた。
「…藤さんに、どんな系統の服が好きかと聞いたンだが……」
「えぇ!なんて!?」
本当に律儀な男である。
アスクとルイはきらきらとした目で麻耶に詰め寄った。
「…俺には理解できなかったからそのまま伝えるが…ルイに実装するならやっぱり白ニットでレイと合わせたピックアップかな、天使コスも捨てがたい、浴衣で夏祭りピックアップもありだな……と…」
「……………」
その場に沈黙が帷をおろす。片喰の暴走はあちこちに片鱗があった。元々理解不能なことを口走りがちなのである。
しかし、これは今までで一番難解だった。
アスクは服の山から体の線を拾う白いニットを持ってくると無言でルイに押し付けた。
「…強いて言えば、じゃない?」
「…まァ、似合うと思うぜ…」
ルイはなんとも曖昧なふたりに見守られながら白いニットと黒のスキニーを身に纏い、結局ぼんやりとしたままリビングに戻った。
リビングではもう片喰がソファに腰掛けて待っていた。
普段家ではおろしているか全部をオールバックに撫で付けているかの黒髪を今日はほんの少し崩して巻いている。適当なスェットにピンクのエプロンかスーツしか着ているところを見たことがなかったが、いつどこで調達してきたのか襟に薄く刺繍の入った黒のシャツにロングコートを羽織っていた。
背の高さと体格の良さが際立っていかにも男らしい。
普段とは違う雰囲気の片喰に、ルイの部屋から出てきた三人は声も出せず仰け反った。
普段、破顔してニコニコしていることの多い片喰はルイに気付かず真剣な顔で雑誌を見ている。つり目のせいか体格のせいか、どこか冷たく怖さも感じるが想像以上に整った顔立ちをしていた。
顔がいい、ありがたいという謎の褒め言葉を毎日かけられていたルイは初めてなんとなくその感情を理解していた。
切れ長の目が瞬いてこちらを向く。
「ん?あ、ルイ……あ……わァ……なんてこった……おぉ……ありがとうございます………」
ルイと目が合った片喰はその瞬間、ソファから崩れ落ちて手で顔を覆い何かに感謝した。
普段通りの奇妙な片喰に、ルイはそこで初めて自分が呼吸すら忘れていたことに気が付く。
「やっぱり白ニットは尊い素晴らしいすげぇ“良い”」
ルイはせっかく整えた髪も気にせず絨毯の上で転がる片喰の手を取ると緊張の面持ちでぎこちなく笑った。
「じゃ…行こうか」
「あぁ!」
玄関へと消えていく片喰とルイを見送って、アスクと麻耶はただその場に立ち尽くす。
「…なんで俺ァ巻き込まれたんだ?」
「あーえーっと、色々あってさ…」
片喰のご機嫌具合を見ていたアスクはやはりルイの考えすぎだった、ただ惚気に当てられただけではないかとゲンナリした表情で麻耶をソファに座らせて自分は病院へと移動した。
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