75 / 87
4章
白ニット
しおりを挟む「あの反応なら正直かたばみはドクターにベタ惚れだと思う。普通に。でも、他の人と住んでて何があるかはわからない…念には念をだよ、ドクター」
ぼんやりしたまま出かけようとしていたルイを尾でバシバシと叩いてアスクは気合を入れ直す。そしてレイが寝ているのもものともせずにクローゼットから何十着も服を引き出してルイに合わせた。
「どうせなんだから麻耶も手伝わせよう。牽制もしとかなきゃ。まやー!」
片喰が自室で身支度をしているのをいいことに、アスクは部屋からキッチンにいる麻耶を呼ぶ。麻耶は片喰から引き継いだピンク色のエプロンを律儀に身につけたまま洗い物をたくあんに任せて部屋まで渋い顔でやってきた。
「ンだよ……今洗いもンしてるだろうが…」
「今からかたばみとルイ、デートなの!デート!万全にしたいの!どれがいいと思う?」
ルイとレイの半身であるラピアの存在をホテプでしか知らない麻耶はお節介な巨大な蛇に服をあれこれ押し付けられて顔を顰める。ただ出かけるだけでこんなにお祭り騒ぎになることは古城ではなかった。
「知らねェよ…藤さんの好みに合わせればいいだろ」
「かたばみの好み……?」
アスクは麻耶に目を向ける。麻耶が今着ているのは胸に大きく「キラキラバースト」と書いた謎のスェットだ。これは麻耶が吐いても着物より洗いやすいという観点から片喰が買ってきたものである。
全員がなぜこれを選んだのかと思うほど酷い服である。
「まさか…ダサいのが好きなのかな…」
「………知らねェのかよ、藤さんの好み…長い付き合いなんじゃァねェのかァ?今更デエトだなんだと…」
麻耶は呆れたように呟く。
初めて洞窟で出会ったのはもう一年ほど前の話だ。その時点でルイを庇って戦っていたということはもう同居もしていたのだろう。詳しいことはわからないが麻耶にとってはムータチオン・トレラントである以上、ふたりの関係もそう浅くないものに思えた。
ルイは口をへの字に曲げると拗ねた顔で麻耶を見上げた。
「付き合い始めはまだひと月も経ってないよ。…ずっと寝てたんだから」
「…………」
ルイが誰の責任で長い間昏睡していたかなど火を見るより明らかである。麻耶は気まずそうに苦い顔をしていたが、溜め息一つで踵を返す。
無言で部屋を出て、しばらくもしないうちにすぐ戻ってきた。
「…藤さんに、どんな系統の服が好きかと聞いたンだが……」
「えぇ!なんて!?」
本当に律儀な男である。
アスクとルイはきらきらとした目で麻耶に詰め寄った。
「…俺には理解できなかったからそのまま伝えるが…ルイに実装するならやっぱり白ニットでレイと合わせたピックアップかな、天使コスも捨てがたい、浴衣で夏祭りピックアップもありだな……と…」
「……………」
その場に沈黙が帷をおろす。片喰の暴走はあちこちに片鱗があった。元々理解不能なことを口走りがちなのである。
しかし、これは今までで一番難解だった。
アスクは服の山から体の線を拾う白いニットを持ってくると無言でルイに押し付けた。
「…強いて言えば、じゃない?」
「…まァ、似合うと思うぜ…」
ルイはなんとも曖昧なふたりに見守られながら白いニットと黒のスキニーを身に纏い、結局ぼんやりとしたままリビングに戻った。
リビングではもう片喰がソファに腰掛けて待っていた。
普段家ではおろしているか全部をオールバックに撫で付けているかの黒髪を今日はほんの少し崩して巻いている。適当なスェットにピンクのエプロンかスーツしか着ているところを見たことがなかったが、いつどこで調達してきたのか襟に薄く刺繍の入った黒のシャツにロングコートを羽織っていた。
背の高さと体格の良さが際立っていかにも男らしい。
普段とは違う雰囲気の片喰に、ルイの部屋から出てきた三人は声も出せず仰け反った。
普段、破顔してニコニコしていることの多い片喰はルイに気付かず真剣な顔で雑誌を見ている。つり目のせいか体格のせいか、どこか冷たく怖さも感じるが想像以上に整った顔立ちをしていた。
顔がいい、ありがたいという謎の褒め言葉を毎日かけられていたルイは初めてなんとなくその感情を理解していた。
切れ長の目が瞬いてこちらを向く。
「ん?あ、ルイ……あ……わァ……なんてこった……おぉ……ありがとうございます………」
ルイと目が合った片喰はその瞬間、ソファから崩れ落ちて手で顔を覆い何かに感謝した。
普段通りの奇妙な片喰に、ルイはそこで初めて自分が呼吸すら忘れていたことに気が付く。
「やっぱり白ニットは尊い素晴らしいすげぇ“良い”」
ルイはせっかく整えた髪も気にせず絨毯の上で転がる片喰の手を取ると緊張の面持ちでぎこちなく笑った。
「じゃ…行こうか」
「あぁ!」
玄関へと消えていく片喰とルイを見送って、アスクと麻耶はただその場に立ち尽くす。
「…なんで俺ァ巻き込まれたんだ?」
「あーえーっと、色々あってさ…」
片喰のご機嫌具合を見ていたアスクはやはりルイの考えすぎだった、ただ惚気に当てられただけではないかとゲンナリした表情で麻耶をソファに座らせて自分は病院へと移動した。
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~
シキ
BL
全寮制学園モノBL。
倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。
倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……?
真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。
一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。
こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。
今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。
当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる