推しと俺はゲームの世界で幸せに暮らしたい!

花輝夜(はなかぐや)

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4章

居候の麻耶

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麻耶が家に居候して二週間ほどが経過した。
随分と遅い初雪が降ったあの日からは考えられないほど暖かい日差しが降り注ぐ日も増えてきている。
最初こそ気を遣って縮こまって生活していた麻耶だが、元々適応能力が高い方なのか今ではすっかりルイの家に馴染んでいた。

「違ェ、ここを力強く溜めて、こうやって手首を抜くんだ」

「ふん!」

「ばか、強すぎンだよ」

日本を舞台に設定されたダンジョンであるアジサイの国出身の麻耶と、日本人である片喰は文化も近くより自然に打ち解けていた。はらわたを引き摺り出した仲とは思えないほどである。
麻耶が来てからご飯がワフウの日が多いとルイは少々拗ねていることも多い。

「半紙を破るやつがあるかッてンだ…これだから武闘家はよォ…」

「すまん…」

居候して二週間、麻耶は二日に一度はルイの治療を受けている。
自分自身に病を移して浄化させるレイに比べてルイの治療は患者本人の負担こそ大きいが、ルイ自身の負担はそこまでない。治療後もピンピン元気なルイに麻耶も申し訳なさが減るようでむず痒い奇妙な顔をしながらもきちんと治療を受けていた。
そのおかげか、麻耶は杖やたくあんを支えにしていれば半日ほどは普通に過ごせることが多くなっていた。それでも夜には寝込んでしまう麻耶を片喰はしきりに心配していたが、こんなに体がまともだった日は人生で初めてだという言葉に過剰な心配はいつしかやめていた。
病院も再開し、ルイが働いている日中暇なふたりは字や料理を教え合ったり生花をしたりと自由気ままだ。
体が優れないためにクエストができず、教える子供たちがいない麻耶はもちろん無職である。
ルイの診療所と家の間にある庭で花を売っている片喰も、午前中には売り切れてしまって無職である。
習字と花と料理、完全に花嫁修行だ。

「…しかし、本当に麻耶は達筆だな。すげえよ」

「……っ、まァ、そういう職業なんでね」

麻耶が家に馴染んだ以上に片喰は麻耶の扱いを心得ていた。
苦しんでいる以外は基本的に嫌味か溜息しか吐かない男だと思っていたが、ただ素直でないだけのようだ。
洗い替えがないため着物を着ていることが減って片喰が適当に見繕ったシャツやスェットを着て年相応な外見になっているせいもあるかもしれないが、どうも子供っぽい側面がある。
無意識に片喰から放たれる真っ直ぐな言葉は麻耶をいちいち動揺させている。それでもいつの間にか片喰の隣に平気な顔して座るようになった以上、懐いているようだ。
片喰の嘘偽りない褒め言葉に麻耶は顰めっ面で応えた。

「…藤さんも、こう……手首の向きをこうすれば」

「うん?」

片喰の斜め後ろからたくあんに乗って指導をしていた麻耶が不意に降り、片喰を背後から包み込む形で右手を重ねて掴む。よくわからないブランドのロゴが付いたシャツを身に纏っている人間から漂ってくるとは思えない上品な白檀の香りが鼻孔をくすぐってきた。
少し熱っぽい手に動かされて筆が半紙の上を滑る。

「ただい………ま…」

「あ、ルイ。おかえり。今日はもう終わりか?」

綺麗な字が出来上がる最後のひと跳ねでリビングの扉が開いた。いつもより少し早めに切り上げてきたらしいルイの帰還である。
ルイはリビングで習字をするふたりの姿を見て固まり、言葉を窄めた。

「え…う、うん……今日は一応、午前診の予定で…緊急の患者さんがいたから伸びちゃってこんな時間に…」

「そうか。お疲れ様」

「お疲れさん。……藤さん、よそ見すんじゃァねェ。ブレるぞ」

「あぁ」

部屋で白衣と手術着を脱ぎ、適当な部屋着に着替えてリビングに戻ってもふたりはまだ同じ体勢で習字に夢中になっていた。習字という文化はさっぱり知らないものだったが、片喰はすんなり受け入れて懐かしいなぁ等と言いながら慣れた手つきで筆を操っている。
ある日突然診療所前に倒れていて出身もどこからやって来たのかもさっぱりわからない片喰であるが、どうもアジサイの国の関係者のようだった。
そんなことは一言も聞いていない。
ルイは口をへの字に曲げて麻耶の服を引っ張った。

「うわっ、なんだよ……」

「レイのことで話があるの!」

「言やァわかるよ…ッたく、医者ってェのは手が早くて敵わねェ」

バランスを崩した麻耶はたくあんに回収され、手を離さないルイによってたくあんに乗ったままソファまで連行される。ルイは片喰を振り返ったが全く気にした様子もなく、墨を片付けながら夕飯の献立を思案している様子だった。

「ンでェ?レイが何だって?」

「………あのさ、麻耶ってどんな人が好き?」

「はァ~?」

ソファに座らされた麻耶を囲うように目の前にルイが立つ。
ルイの形相にレイに何かあったのではと真剣な顔をした麻耶だったが、ごく小声で投げかけられた質問に一瞬豆鉄砲を喰らったたくあんのような顔をして、ついで眉を顰めて素っ頓狂な声をあげた。
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