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3章
麻耶の治療
しおりを挟む次の日の朝早く、まだ太陽が昇る前に目が覚めてしまった片喰はこれから毎日ルイがまたいる生活をおくれることに胸躍らせて二度寝ができなくなり、仕方なく身を起こした。
病室ベッドのカーテンを開けてスリッパを履くと、ルイが寝ていたはずの隣のベッドのカーテンも少し開いていることに気付いた。覗いてみるとアスクだけがベッドに巻き付いて寝ている。もうルイも起きているようだ。
病室から出て自宅の方へと向かう廊下でルイの声が聞こえてくる。自宅に向かうのとは反対の病院受付にいるようだ。
「……ん、うん…迷惑をかけたね。大丈夫だよって伝えてくれるかな」
そっと受付を覗いてみると積み上げられた資料の中でルイが何かに向かって優しい声音で話しかけている。太陽こそ昇っていないが窓から差し込む雪明かりに照らされたその姿は聖母のようにも見えた。
しばらく眺めているとルイは視線に気が付き、紙をしまうと受付を出て片喰のところまでやってきた。
「もう起きたの?早いね」
「ルイもな。…何話してたんだ?電話か?」
「…デンワ?僕のクランケの伝書獣だ。随分、心配と不安をかけたと思うから…クランケの伝書獣を呼び出して目覚めたことを伝えてもらおうと思ってね」
受付の方を一瞥すると、書類の山に混じって可愛らしい鳥や鼠のようなものが集まっているのが見えた。そういえばルイが寝込んでからほとんど外に出なかったせいで忘れていたが、この世界に電話などなかった。
情報伝達の手段のひとつにこんなものがあるのだと妙に感心しながら片喰は自分が来ていた上着を白い息を吐くルイに掛けた。
「…片喰さんってさ、恋人に尽くすタイプ?」
鼻の頭をほんのり赤くしながらルイは片喰を上目で見る。
「恋人というか、ルイに、だな」
ルイの口から恋人という単語が出てきたことに心臓は全力疾走をしながらもごく平静を装って軽口を叩く。
赤くなりながら笑うルイを今すぐにでも抱きしめて高い高いして街中に俺の恋人ですと自慢してまわりたい衝動に駆られつつ、片喰は必死になって腕から湧きあがろうとする植物を抑えていた。
「…とりあえず、応急処置しかしてなかったエクリプサーを治療しよう。片喰さんは…」
ルイが心配なので部屋までついていきますと片喰の顔には大きく書かれている。
ルイは片喰の返事を待たずに首を振って、手の甲に挨拶のキスを落とした。
「移し身ができない僕のエクリプサーの治療は…その、結構グロテスクなんだ。片喰さんは朝ごはん作っててくれる?僕野菜スープがいいな」
もちろん、今までルイに挨拶のキスなどされたことはない。そもそも片喰が最初に無理矢理ルイの唇を奪って以降ルイを怖がらせないようにキスなどしてこなかった。昨夜風呂でしたキスが久しぶりだ。
ルイの中で片喰を信じる心が生まれ、正式に同居人ではなく恋人扱いをしてくれているということなのだろうが片喰は下ろしている髪の毛先に花が咲くほど動揺した。
ルイの話の内容がほとんど入ってこない。
髪の毛先からぽんぽんと花が咲く片喰を見て大笑いしたルイはそのまま片喰の手を引いて自宅の方へと移り、キッチンに立たせて包丁を握らせた。
「じゃあ、よろしくね。野菜スープ!」
呆然としたまま頷く片喰を置いてルイは片喰の部屋へと立ち入る。
冬の清らかな空気は微塵も感じられない、病の瘴気と咽せ返るような熱っ気にルイは眉を顰めた。
死んでいるのか生きているのかもわからない麻耶は力無くベッドに横たわっている。ベッド脇には心配そうに主を見ている鮮やかなひよこがいた。
「…何くん、だっけ?」
「ぴ?ぴぴぴー!」
話しかけられたひよこは身振り手振りで一生懸命伝えてくれるが生憎言葉はわからない。片喰の説明を必死に辿るが、うまそうな名前だ、米に合うだろうという余計な補足しか出て来ず肝心の名前が浮かばない。どんな料理の名前なのかと聞いたらアジサイの国の何かだと言っていた気がする。
片喰は何も知らないくせにアジサイの国のことはやけに詳しい。
「………えっと…ミソシルくん」
「ぴぃ~???」
アジサイの国には行ったことがない。医療の状況などは頭に入っているが、食文化などはほとんど知らない。
片喰が以前作ってくれたアジサイの国のスープが「ミソシル」だということを思い出し、呼んでみたがひよこは不満げだ。
「その、麻耶を…治療したいと思うんだ。いいかな?触っても。ミソシルくんは僕のエクリプサーに対する治療方法は知ってる?」
「ぴぃ」
知らなさそうだ。
羽ばたいて麻耶の上に乗ったひよこは羽を麻耶の体に当ててさすっている。レイが能力を使うときの真似だろう。
「…僕、外科医だから違うんだ。ちょっとグロテスクなんだよね…外に出ておいた方がいいかも。キッチンに片喰さんがいるからご飯もらっておいで?何食べるの?コメ?ムギ?」
「ぴ!ぴ!」
「嫌なの?困ったな…」
ひよこは絶対に麻耶から離れないという強い意志を見せてくる。言葉は伝わらなくてもそれだけはひしひしと伝わってきた。
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