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3章
ルイの提案
しおりを挟む術後の期間というのはおそらくルイの状態のことだ。どれくらいの負担がかかるのかという指標になっているに違いない。
数ヶ月ぶりに目覚めて体力のないルイに、いきなりそんなに大きな手術をさせるのはとても不安だった。
またルイが寝込んでしまうかもしれない。
何よりもその事実が片喰の胸に恐ろしく重たくのしかかった。
そもそも、ルイは自然にレイと麻耶のことを治療しようとしている。自分を攫おうとして殺しかけた人々を治してまた襲われてもおかしくないのにも関わらず、そこについての言及はない。
片喰は何度かルイに目配せをして、釣り上がった切れ長の目を伏せると口籠もりながら小さく尋ねた。
「その……迷いなく助けるんだな。自分を、殺しかけた人を…」
言ってしまってから、兄弟に対して酷い言い草だったかもしれないと口元に手を当てる。
それでも撤回はしなかった。片喰にとって、愛する人を殺されかけたことは紛れもない事実である。
ルイは本から目を離して片喰を意外そうな目で見つめる。瞳孔の代わりに不思議な円状の紋様が浮かんでいる鮮やかな紫の瞳は、咎めるような色は湛えていなかった。
代わりに少しだけ目を細めて微笑むと再び本に視線を落とす。
「レイのことは怖いよ。ただ…可哀想だとも思っているし、レイがこうなったのも最後は見捨てて逃げた僕のせいだと思ってる」
「そんなこと、元はといえば家が…!」
「ううん。僕がレイを見捨てたこと、それは事実なんだ。だから僕はレイを救うよ。それに、あの麻耶って男は……おそらく、レイの…」
ルイは、対象がレイでなくても救っただろう。自己犠牲的で誰に対しても広い愛で接する綺麗すぎる医者の鏡のような男だ。
ただ、今の言葉に嘘偽りはなく本当にレイのことだから救いたい、罪を償う意識が滲み出ていた。
そういうところが愛おしく、焦ったい。
片喰の様子にルイは小さく息を吐くとにっこりと笑って本を閉じた。
「大丈夫!とりあえずもうしばらく、全快するまではレイの浄化に任せるよ。エクリプサーの方はそんなに負担でもないしすぐ抑えて上げられると思うけど…」
片喰は自分の部屋に繋がる扉を一瞥する。
麻耶にベッドが独占されている。ルイのベッドにもレイが眠っているが、今日はどこで寝るのだろう。
「レイがいない以上、帰しても麻耶の病は進行するばっかりだ。とりあえず…レイが目覚めるまでは継続的な治療のためにここに住んでもらうことになるかな。…片喰さん、大丈夫?」
「えっ、あ…そうか…」
ルイの家に自分とルイを殺しかけた男を住まわすことに、本来であれば片喰は簡単には同意できなかった。いつまたルイの命が狙われるかわからない。
雪の中で血反吐を吐き頼み込み、泣きながらレイに縋りつく麻耶の必死な姿が脳裏を駆ける。
大丈夫ではないが、それは麻耶も同じだ。
「…大丈夫だ。寝床はどうする?」
「そうだね。麻耶には治療を施して動けるようになれば病院の方に移動してもらおう。それからは…あ、あの…僕のベッドはレイが寝てるし、僕も…その、片喰さんの……部屋で寝かせてもらえたら…」
「ん~!!」
ルイの提案に思わず喉の奥から捻れた変な声が出た。
あれだけ一緒に寝ることにトラウマがあったルイから同衾の願いが出るなんて、まだ夢の続きかもしれない。
しかも、今までのように無邪気な発想ではない。これだけ言い淀んで真っ赤になりながら上目遣いで言い出しているのだからルイもわかっているのだろう。
恋人として片喰を信用して、その上で構わないだろうかということだ。
麻耶のことで神妙な面持ちをしていた片喰は感情の激流に耐えられず随分と間抜けな表情で耳まで真っ赤になる。
それまで大人しく話を聞いていたアスクも口をあんぐり開けて片喰とルイを素早く交互に見た。
「か…構わない」
絞り出した片喰の声は震えている。
「…本当に何があったのぉ!?」
「あ、明日!話すから!麻耶の治療も明日からね。はい!じゃあ今日は僕たちが病院のベッドで寝よう!おやすみ!はい!」
ふたりの間に流れた甘酸っぱい気まずさを振り払ってルイは席を立つ。
「あっ!ドクター!僕を懐に入れて寝てよぉ!寝物語で聞かせてくれるでしょお!?」
ルイを追いかけて病院の方に向かうアスクの長い胴体を見送って片喰は胸を押さえた。
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