推しと俺はゲームの世界で幸せに暮らしたい!

花輝夜(はなかぐや)

文字の大きさ
上 下
54 / 96
3章

行かないで

しおりを挟む

麻耶は驚いたように見上げ、片喰の嘘ではない真剣な瞳に気圧されて押し黙る。怒りと悲しみを湛えた苛烈なこの表情を疑う必要はない。何ヶ月も経過していてまだ治療が済んでいない手足の証拠まで揃えられたら現実逃避もできない。麻耶は目を見開いたまま絶句して硬直し、全身の力が抜けて丸まった体勢でベッドに伏せた。

「そ…んな……こと…」

「別れの古城までは噂も届かないかもね。具合を悪くしてたなら以ての外だ。ドクターは片喰の手足を治して、そのまま植物状態になってる」

敵対していたというだけではなく、レイの弟を植物状態にまで追い込んだ上で図々しく助けてくれと言いに来たということに気が付いた麻耶は病状ではない心臓の早鐘に吐き気を感じて口に手を当てた。
レイのためなら人の心など要らないと、すぐ死ぬ命なのだからどんなことでもたったひとりを喜ばせて死のうと考えていながら、実際に人の命を奪わんとする事実に残りもしないと思っていた良心が痛んでいるのかもしれない。
痛みにはとっくに慣れているのに罪悪感という重しが今にも体を押し潰しそうだった。
一方で、ルイが目覚めていない以上もうレイを救う手立てがないという事実にも胃袋がひっくり返っていた。

「…………」

衝撃に謝罪すらも口に出せず、何も言えなくなってただその場で蹲って嗚咽する麻耶を見てアスクと片喰は顔を見合わせる。
今まできちんと会話をしたことがなかった。一方的に敵意を向けられ、理不尽に傷付けられ、話をする機会などあるはずがなかった。
何もかもを奪っていく敵はこんなに小さかっただろうか。
空間に沈黙が帳を下ろす。
片喰とアスクからはこれ以上伝えられることはなにもなく、麻耶も言葉を放つことはない。
狼狽えるたくあんの上に寝そべっていた足がぴくりと痙攣した。

「…………藤…」

掠れて上擦った声はルイのものとよく似ていて、呼ばれた片喰は一瞬体を強張らせる。
麻耶はすぐに顔を上げると誰よりも早くたくあんの毛を掻き分けてレイの体を抱き起こした。

「レイ!レイ!?意識が……!」

「まぁや……おま、え、こんな…ところまで……」

「そりゃァ……お前、もうどれくらい目ェ覚ましてねェと思って…!」

昏倒していたレイが薄らと目を開けていた。
麻耶に預けている体には殆ど力が入っておらず元より呼吸も浅く荒い。いつもう一度意識を失ってもおかしくはなかったが、間違いなくしっかりと目を覚ましていた。
ルイの声ではないことはわかっていたが、同じ声で名前を呼ばれてほんの少しだけ期待をしてしまった片喰は目頭が熱くなって目線を外す。
レイはぐったりとしたまま目だけで片喰の方を向いた。

「藤……ルイ、が、ずっと…目を覚ましてない、って…聞こえた……」

「…そうだ」

淡々とした質問に誰のせいだと叫びたくなる気持ちを悲しさが覆い潰す。
目覚めないルイと何ヶ月も過ごした片喰に、これ以上激しい怒りを抱く力は残っていなかった。
もう感情の枷が狂ってしまっているのかもしれない。
ぽつりとした片喰の声にレイは身動ぎをして自分で体を支えた。

「レイ…」

「……俺が、ルイを…起こそう。だから………」

「…は?」

レイの言葉を脳が処理しきれずに、片喰は言葉を被せて聞き返す。不安定にぐらつく体をなんとか支えながら立ち上がり、レイは緩慢に片喰を見上げた。

「ルイを、起こすって…レイ…お前には…治せるのか…?」

レイの瞳には不安と期待でボロボロになって随分と幼く見える片喰が映っている。

「俺に…移し身できない、事象は無い……ルイが死を待つなら、俺が…引き受ける……」

「やめろ!レイ!」

今までに聞いたことのない麻耶の大声が響き渡る。
出し慣れていない絶叫で焼けたように痛む喉も麻耶は気にせず、ベッドからレイの白衣の袖を掴んで引き寄せる。

「…これ以上自分を犠牲にして、死に急がないでくれ……」

力もなくただ駄々をこねる子供のように袖を引く麻耶の手を優しく払い、レイは数歩進むと片喰に体を預けた。
部屋着越しに人にあるまじき体温が伝わってくる。
レイはほんの少しだけ口角を上げるとゆっくりと目を閉じた。

「ルイは……俺の、全てだ。俺が、殺すわけには、いかない…殺したい、わけでは…なかった、んだ…藤。ルイは起こす…だから、ルイが目覚めたら…まぁやを、よろしく頼むと…伝えてくれ…」

「レイ、お前、でも」

「俺は…浄化ができる……運が良ければ、助かる……藤、ルイのところに、連れてってくれ」

手を伸ばして抱き上げるようねだるレイを片喰は抱き上げる。片喰は正常な判断ができなくなっていた。ルイを殺そうとしたルイの兄を見殺しに、ルイを助けようとしている。何が正しくて、何が悪いのか誰にもわかるはずがない。ルイならどう判断するか、そう考えたくてもルイがレイを実際にどう思っているかなど知る由もない。本能のまま欲望のまま、正直にレイを抱いて部屋を出る。

「行かないでくれ……レイ…やめ……」

抵抗しようにも今の麻耶の体ではぼんやりとした光を纏う以上のことはできない。
ただ片喰に抱かれるがまま連れられたレイは部屋のドアが閉まる瞬間に一度だけ、崩れ落ちる麻耶を見て少しだけ目を細めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ
ファンタジー
【虐殺者《スレイヤー》】の汚名を着せられた王国戦士エリクと、 【才姫《プリンセス》】と帝国内で謳われる公爵令嬢アリア。 互いに理由は違いながらも国から追われた先で出会い、 戦士エリクはアリアの護衛として雇われる事となった。 そして安寧の地を求めて二人で旅を繰り広げる。 暴走気味の前向き美少女アリアに振り回される戦士エリクと、 不器用で愚直なエリクに呆れながらも付き合う元公爵令嬢アリア。 凸凹コンビが織り成し紡ぐ異世界を巡るファンタジー作品です。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

処理中です...