推しと俺はゲームの世界で幸せに暮らしたい!

花輝夜(はなかぐや)

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2章

麻耶とアスク

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「おま…っ!」

「病院が休みだった。家にいると思ったンだけどなァ?」

「エクリプサー!」

片喰は後ろに飛び退って洞窟で出会ったエクリプサーから距離を取る。
足に絡まった桶がひっくり返って水をぶち撒けた。
エクリプサーは心底軽蔑したような目で片喰を見下ろし、小さくため息をついた。

「随分と差別的な呼び方をしてくれンだねェ。俺には麻耶まやという名がある」

「麻耶…?知らねえな。何の用だ。ルイならいないぞ」

臨戦体制を取って肩から蔦を生やす片喰には興味なさそうに麻耶は自宅の方へ一瞥をくれる。
話し方から仕草ひとつひとつまでがひどく緩慢で気怠く妙に婀娜に見えた。

「はぁ…そうか、レイが行かないから忘れてた。学会だったなァ…タイミングの悪い…レイも忘れてンだろ」

優しいが掠れた声で呟くとゆっくりと片喰に視線を向ける。
熱っぽく潤んでいて状況が違えば勘違いすら起こしそうな情熱的な視線だ。
一瞬左右ではっきりと違う色の瞳の虜になっていた片喰の視界は次の瞬間その輝きで埋め尽くされた。

「…!?」

「じゃあもうお前でいいや。一緒に来てよ」

麻耶が一呼吸でまさに光の速さで至近距離まで近付いたと理解するにはあまりにも速すぎた。
右の山吹の瞳がカッと強烈な光を放ち間近でそれを食らった片喰は神経全てが犯されて脳まで揺さぶられ声も出ず昏倒する。

「呆気ないことだなァ。護身もできんのか。…たくあん、積んでくれ」

「ぴぃ~」

地面に倒れ込んだ片喰を足蹴にしながら麻耶が塀に声をかけると向こう側から着物と同じ色の生物が飛んで現れる。見た目はひよこだが大きな牛ほどの大きさの鳥を果たしてひよこと呼んでいいのかはわからない。
たくあんと呼ばれた怪物ひよこは大きな足で片喰を一掴みにすると草原のように毛が靡く背中に放り投げた。
柔らかく温かい毛が片喰を包み込む。

「じゃあ帰ってくれ。城の方だ」

「ぴぃ」

麻耶もひらりと背に乗るとひよこは地面を蹴って翼で空を掻く。
風の渦が庭の花を叩いて散らした瞬間、勝手口から大蛇が顔を覗かせた。

「ね~えかたばみまだぁ?…え?」

片喰が帰ってこないことに痺れを切らしたアスクだ。
アスクは井戸の方を見て、そこに影を落とす存在を確かめるように空を見上げて目を見開いた。

「かたばみっ!?」

「チッ、ラピアはいるのか。たくあん急げ!」

「お前、エクリプサーだな?レイの手のものか!待て!」

アスクは大口を開けて毒の玉をひよこ目掛けて吐く。
ひよこは大の男二人を積んでいるとは思えないほど身軽に旋回して毒を避けた。
アスクの瞳が沸騰して全身が電撃のような虹色の光に包まれる。
ただでさえ部屋を埋め尽くすほどの大蛇が更にメキメキと音を立てて膨張し、勝手口のドアを破壊して外に躍り出る。
庭に収まらず地を這う龍と見紛うほど大きくなったアスクは桶や花を踏み潰すのをものともせずに飛ぶ鳥に噛みかかった。

「怖ェ…これがお医者様の半身か」

「かたばみに手を出すな!」

飛ぶひよこを喰らう勢いでアスクは咆哮し、上半身を鞭のようにしならせてひよこに叩きつける。
避けきれなかったひよこは打撃をもろに食らって屋根を突き破って撃ち落とされた。
家が崩れる破壊音が街いっぱいに反響する。
片喰と麻耶も瓦礫と共にリビングへ叩きつけられた。
机が割れて皿やカトラリーが散乱する。

「くっ…」

降りかかる瓦礫からひよこは麻耶を庇う。
アスクは屋根の穴からそれを見下し、長い舌をちらつかせた。
麻耶はすぐに立ち上がると流れ落ちた血も気にせずぐったりと倒れ込む片喰の首を掴んで体に光をまとった。

「殺すぞ」

「小賢しい」

アスクは片喰の人質を意にも介さず大口を開けて首を突っ込む。
麻耶は焦ったように片喰をひよこに乗せてアスクに手を向けた。

眩耀げんよう!」

手のひらから光が堰を切って溢れ出す。
アスクは咄嗟に目を瞑って首を振り、身体を捩って胴体を家ごと押し潰さんと雪崩れ込ませた。

「くっ…」

麻耶は俊敏な動きでひよこに乗って回避する。
そのまま浮上して屋根を突き破ると急旋回してアスクの懐に潜り込んだ。

「デカいってェのは弱点でもあるだろうよォ!光波こうは!!」

「!」

耳を劈くほどの光の衝撃波がアスクを襲う。
アスクはもんどりをうって瓦礫を巻き込みながら倒れる。
眩い鱗に光が乱反射して麻耶の身体にも刺さろうと跳ね返るが全て吸収された。
家の中に埋まって暴れるアスクの体に麻耶は降り立ち、首元まで走りながら筆と紙を取り出す。

「麻耶の名のもとに、煌々水茎こうこうみずくき!」

筆で文字を書き紙を投げつける。
紙からは揺らめく光で書かれた文字が次から次へと鎖のように連なり勢いよく湧いて出てアスクの身体を伝い締め上げた。

「ぐ…ぅ…っ」

「はぁ、はぁ…ラピア・・・ってェなら病人に苦労かけんじゃあないよ。」

麻耶は大量の汗と血の気の引いた顔でひどく乱れた呼吸を必死に整えながら迎えに来たひよこに乗り直す。

「お前は殺さない。ルイに伝えろよ」

ひよこは空に舞い上がり、後には拘束されたアスクと爆音に集まった街の野次馬だけが残された。
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