推しと俺はゲームの世界で幸せに暮らしたい!

花輝夜(はなかぐや)

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1章

博愛

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検査室へ連れられた片喰は採血のついでに色々な機械に入れられてあらゆる検査を受けさせられた。
青い光を放つ空間に入れられたり、台に乗せられて眩しい光を浴びせられたり、空気の薄いカプセルに入れられたり、特殊すぎる健康診断だ。
ただでさえ貧血になっているところから様子を見つつ採血をしたため多少気分が悪く足取りが覚束ない。
横になって休みたいとルイを一瞥するが、その深刻な表情を見ると何も言い出せずアスクにもたれかかりながら移動した。
全ての検査が終わって病院のベッドルームに戻る許可が出たのはもうすっかり夜も更けた頃だった。
時計のように時刻をはかるものはないが夕飯の時間などとうに過ぎているだろう。

「お疲れ様。ごめんねぇ、ドクター余裕ないみたいで無理させちゃったぁ」

「いや、俺が悪いから仕方ねえよ。肩…肩?背中?かしてもらって悪いな」

アスクはやつれて生気のない片喰をベッドに寝かせる。
片喰の顔は出土したばかりの土偶よりも土気色をして明らかに血が足りていない。
普段なら患者の様子に敏感に反応して検査も持ち越すルイがこの様子に気付かないわけがない。
今度はルイのフォローも必要だと判断したアスクは片喰に布団を掛けてサイドテーブルに薬を置くと踵を返して入り口へ向かう。
片喰は手を伸ばしてアスクの背中の鱗を撫でた。

「ん~?どうした?」

「……行くのか?」

「あぁ、ドクターも心配だと思って。かたばみは寝てていいよ」

片喰は鱗を撫でるのをやめない。虚な目がアスクを射抜き、アスクは片喰に向き直った。

「…仕方ないなぁ。ドクターはどうせまだ検査してると思うし。もう少しここにいるよ」

片喰は薄らと笑ってアスクを引き寄せる。
ベッドに顎を乗せたアスクは撫でる手の動きに合わせて目を細めた。

「ねぇ、聞いていい?なんでドクターにキスしたの?」

至極真っ当な疑問に片喰は口を結んで目を伏せる。
アスクの質問に責める響きはない。片喰を責めているのは自分自身だった。

「…好きだ、と、思って…勝手に。体が」

「えぇ~何それ!?童貞なのぉ?」

アスクは雰囲気こそルイに似ているが言葉の選択に関しては真逆だ。
何を言われても仕方ないと思いつつ、あまりに直球すぎる意見に一瞬言葉が詰まる。

「う…いや…」

「ていうかぁ、かたばみさんは元々ドクターのこと好きなんじゃないの?愛するし守るんでしょお?なんでさっき急に?」

アスクの目は茶化しているようでも興味本位というようでもない。診察のようだった。

「ルイのことは愛してるよ。愛してた。ここで会うずっと前からだ。ルイは俺を救ってくれてた」

「まぁドクターだしな…どっかで知らないうちに人くらい救っててもおかしくないか。それで傍惚れおかぼれのストーカーと化してたと…」

間違っているが間違っていない。微妙に否定しきれず、悩んだ挙句片喰は縦に頷いた。

「俺は故郷もここになければ家族もいない。とっくに死んでるんだ。生き甲斐はルイだけだった。愛してたんだ」

「うーん、怖い。普通にガチな感じで怖いね。でも、それじゃあより一層わからない。なんでさっきなの?」

片喰は息を吐く。カウンセリングでも、興味でもない。
責めているわけでもないが真剣で厳しい目のアスクに誤魔化しなど用を成さずその血より赤い眼で何でも見通してしまいそうだった。
隠し立てたいわけじゃないが伝わるかどうかがわからなかった。それでも、ありのまま伝えた。

「愛していたが、それは…その、アイドルみたいな、神への敬愛というか…俺はルイのために死ねるがルイに死んでほしいわけじゃない。みんなのものであるルイからアガペーを賜れればいいというか、その…」

「でもそうじゃなくなった?」

自分でも何を言っているかわからなくなりながら必死に感情を言語化している片喰にアスクは質問を重ねる。
しかし、厳しくはなく十分に理解してその上で微笑ましく続きを促すような優しい声だ。
片喰は受け入れられていることに戸惑いながらも肯定を示した。

「あ、あぁ…俺はルイを神として見ていたところがあったけど、実際に出会って過ごして、そうではなくて…ルイはただひとりの人間で…その…俗な気持ちを抱いたというか…」

アスクは可笑しそうに笑いながら何度か頷き、首を傾げた。

「片喰さんは、ドクターのために死にたいんじゃなくて、ドクターと一緒に死にたかったんだね」

「え?」

思いもよらなかったことを言われて片喰の時が止まる。
ルイに死んでほしいわけがない。咄嗟に否定しそうになったが気持ちとの違和感のなさに再度考える。

「そう…かも、しれない…俺は…」

「ドクターに、博愛アガペーではなく、エロスラブの意味で自分だけが愛されたいんだ。共に生きて共に死にたい。そういう意味での好きになったってことか」

言語化できず自分でも理解できなかった感情が整理されていく。
アスクもひとり納得したように満足げで、腐れ縁がストーカーに愛されているにも関わらず嬉しそうだ。

「そう…なる、な」

「今までそういった好意を抱いたことがない?」

「ない…」

「まじの童貞じゃぁん…」

事の次第がわかって納得できたからかアスクは片喰を置き去りにひとりでテンションが上がっている。
気持ちが整理できた片喰は自分の行動を思い返して頭を抱えた。

「つまり、ただ、恋に落ちたことに混乱しただけってことか…?それで俺はルイをあんな…」

「しょうがないねぇ。でも責めなくていいよ。ドクターも避けられたはずだしぃ、かたばみに甘いんだよ。ドクターの様子がおかしいのも納得いったなぁ。あの人も恋や愛とは無縁だからね」

アスクは片喰の腕を布団に入れて掛け直し、少し離れた。

「ドクターは…多分、本当の意味で心から人を愛することはできない。もう、誰かを特別扱いできないんだ。全員を愛して特別ではない誰かのためにひとりで死んでいく。救えるのは片喰さんだけかもね。僕は応援してるよ」

アスクは意味ありげに笑うと布団の中で険しい顔をする片喰の髪に子供をあやすような口付けを落として立ち去るそぶりを見せた。
片喰も今度は手を伸ばすことなく目を閉じる。

「………ドクターを幸せにしてあげて」

入り口まで来て背中越しに囁いたアスクの小さな呟きは片喰には届かなかった。
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