23 / 96
1章
博愛
しおりを挟む検査室へ連れられた片喰は採血のついでに色々な機械に入れられてあらゆる検査を受けさせられた。
青い光を放つ空間に入れられたり、台に乗せられて眩しい光を浴びせられたり、空気の薄いカプセルに入れられたり、特殊すぎる健康診断だ。
ただでさえ貧血になっているところから様子を見つつ採血をしたため多少気分が悪く足取りが覚束ない。
横になって休みたいとルイを一瞥するが、その深刻な表情を見ると何も言い出せずアスクにもたれかかりながら移動した。
全ての検査が終わって病院のベッドルームに戻る許可が出たのはもうすっかり夜も更けた頃だった。
時計のように時刻をはかるものはないが夕飯の時間などとうに過ぎているだろう。
「お疲れ様。ごめんねぇ、ドクター余裕ないみたいで無理させちゃったぁ」
「いや、俺が悪いから仕方ねえよ。肩…肩?背中?かしてもらって悪いな」
アスクはやつれて生気のない片喰をベッドに寝かせる。
片喰の顔は出土したばかりの土偶よりも土気色をして明らかに血が足りていない。
普段なら患者の様子に敏感に反応して検査も持ち越すルイがこの様子に気付かないわけがない。
今度はルイのフォローも必要だと判断したアスクは片喰に布団を掛けてサイドテーブルに薬を置くと踵を返して入り口へ向かう。
片喰は手を伸ばしてアスクの背中の鱗を撫でた。
「ん~?どうした?」
「……行くのか?」
「あぁ、ドクターも心配だと思って。かたばみは寝てていいよ」
片喰は鱗を撫でるのをやめない。虚な目がアスクを射抜き、アスクは片喰に向き直った。
「…仕方ないなぁ。ドクターはどうせまだ検査してると思うし。もう少しここにいるよ」
片喰は薄らと笑ってアスクを引き寄せる。
ベッドに顎を乗せたアスクは撫でる手の動きに合わせて目を細めた。
「ねぇ、聞いていい?なんでドクターにキスしたの?」
至極真っ当な疑問に片喰は口を結んで目を伏せる。
アスクの質問に責める響きはない。片喰を責めているのは自分自身だった。
「…好きだ、と、思って…勝手に。体が」
「えぇ~何それ!?童貞なのぉ?」
アスクは雰囲気こそルイに似ているが言葉の選択に関しては真逆だ。
何を言われても仕方ないと思いつつ、あまりに直球すぎる意見に一瞬言葉が詰まる。
「う…いや…」
「ていうかぁ、かたばみさんは元々ドクターのこと好きなんじゃないの?愛するし守るんでしょお?なんでさっき急に?」
アスクの目は茶化しているようでも興味本位というようでもない。診察のようだった。
「ルイのことは愛してるよ。愛してた。ここで会うずっと前からだ。ルイは俺を救ってくれてた」
「まぁドクターだしな…どっかで知らないうちに人くらい救っててもおかしくないか。それで傍惚れのストーカーと化してたと…」
間違っているが間違っていない。微妙に否定しきれず、悩んだ挙句片喰は縦に頷いた。
「俺は故郷もここになければ家族もいない。とっくに死んでるんだ。生き甲斐はルイだけだった。愛してたんだ」
「うーん、怖い。普通にガチな感じで怖いね。でも、それじゃあより一層わからない。なんでさっきなの?」
片喰は息を吐く。カウンセリングでも、興味でもない。
責めているわけでもないが真剣で厳しい目のアスクに誤魔化しなど用を成さずその血より赤い眼で何でも見通してしまいそうだった。
隠し立てたいわけじゃないが伝わるかどうかがわからなかった。それでも、ありのまま伝えた。
「愛していたが、それは…その、アイドルみたいな、神への敬愛というか…俺はルイのために死ねるがルイに死んでほしいわけじゃない。みんなのものであるルイからアガペーを賜れればいいというか、その…」
「でもそうじゃなくなった?」
自分でも何を言っているかわからなくなりながら必死に感情を言語化している片喰にアスクは質問を重ねる。
しかし、厳しくはなく十分に理解してその上で微笑ましく続きを促すような優しい声だ。
片喰は受け入れられていることに戸惑いながらも肯定を示した。
「あ、あぁ…俺はルイを神として見ていたところがあったけど、実際に出会って過ごして、そうではなくて…ルイはただひとりの人間で…その…俗な気持ちを抱いたというか…」
アスクは可笑しそうに笑いながら何度か頷き、首を傾げた。
「片喰さんは、ドクターのために死にたいんじゃなくて、ドクターと一緒に死にたかったんだね」
「え?」
思いもよらなかったことを言われて片喰の時が止まる。
ルイに死んでほしいわけがない。咄嗟に否定しそうになったが気持ちとの違和感のなさに再度考える。
「そう…かも、しれない…俺は…」
「ドクターに、博愛ではなく、恋や愛の意味で自分だけが愛されたいんだ。共に生きて共に死にたい。そういう意味での好きになったってことか」
言語化できず自分でも理解できなかった感情が整理されていく。
アスクもひとり納得したように満足げで、腐れ縁がストーカーに愛されているにも関わらず嬉しそうだ。
「そう…なる、な」
「今までそういった好意を抱いたことがない?」
「ない…」
「まじの童貞じゃぁん…」
事の次第がわかって納得できたからかアスクは片喰を置き去りにひとりでテンションが上がっている。
気持ちが整理できた片喰は自分の行動を思い返して頭を抱えた。
「つまり、ただ、恋に落ちたことに混乱しただけってことか…?それで俺はルイをあんな…」
「しょうがないねぇ。でも責めなくていいよ。ドクターも避けられたはずだしぃ、かたばみに甘いんだよ。ドクターの様子がおかしいのも納得いったなぁ。あの人も恋や愛とは無縁だからね」
アスクは片喰の腕を布団に入れて掛け直し、少し離れた。
「ドクターは…多分、本当の意味で心から人を愛することはできない。もう、誰かを特別扱いできないんだ。全員を愛して特別ではない誰かのためにひとりで死んでいく。救えるのは片喰さんだけかもね。僕は応援してるよ」
アスクは意味ありげに笑うと布団の中で険しい顔をする片喰の髪に子供をあやすような口付けを落として立ち去るそぶりを見せた。
片喰も今度は手を伸ばすことなく目を閉じる。
「………ドクターを幸せにしてあげて」
入り口まで来て背中越しに囁いたアスクの小さな呟きは片喰には届かなかった。
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました
taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件
『穢らわしい娼婦の子供』
『ロクに魔法も使えない出来損ない』
『皇帝になれない無能皇子』
皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。
だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。
毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき……
『なんだあの威力の魔法は…?』
『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』
『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜
車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる