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1章
目覚め
しおりを挟むアスクに連れられてシャワーを浴びに自宅へ戻り促されるまま仮眠をとってルイは身体を休めた。
その後も数日は満足に起き上がれず、アスクの手助けを受けながら日々の診察や片喰の看病を行っていた。
ルイの調子が全快したのは手術を行って両手ほどの日にちが過ぎた頃である。
いつものように診察所を閉め、作るのが日課になった薬膳粥を今日こそは意識が戻るかもしれないと自宅から持って行く。
片喰の様子を見ようと病院に戻ったルイの耳に叫び声が刺さった。
「ああああ、あ、あ、え!?ぁぁああへびぁぁ…!!!」
寝起きで動揺しているのか、普段の焼き立てのパンのように柔らかな低温とは違って高く上擦っているが片喰の声だ。
「大丈夫だって!じっとしてぇ!」
「わあああしゃべるへび…!」
アスクの困ったように宥める声も遠くに聞こえてルイはほっと胸をなでおろした。
対比しても圧倒的に声量がある。これだけ大きな声が出れば大丈夫だ。
ルイは最初に片喰を寝かせていたベッドルームへ足を運ぶ。
あの日、力尽きて倒れたルイの代わりにアスクが手術室から運んで寝かせてくれたのだ。
部屋の入り口からアスクの尾がはみ出している。
片喰は一番奥に寝かされたようでアスクの体は奥までずっと伸びており、頭の部分はカーテンの中に隠れていた。
「片喰さん、気が付いた?」
アスクの後ろからカーテンをあけて顔をのぞかせる。
片喰はベッドの上でアスクに向かって枕を振り回して想像以上に元気そうだった。
「あ、ドクター!ねぇ~なんとか言ってよ!」
「ルイ!」
アスクと片喰が同時にルイの方を向く。
ふたりが揃いも揃って涙目になっているのが愛おしく、安堵も相まってルイは笑い声をあげた。
ひとまず片喰を落ち着かせてベッドに横たわらせる。
かなりアスクに怯えている様子だったが、ルイが診察をしている間に薬膳粥の食器やハーブの香りがするお茶を運んできた姿を視界の端で捉えて複雑な顔をしていた。
「うん、大丈夫だね。貧血くらいかな。しばらくは安静だよ」
「ありがとうルイ」
診察が終わり、ルイは片喰を優しく起こしてアスクが用意したハーブティーを差し出す。
ティーカップ片手にお茶の効能など和やかに話しているとアスクが不貞腐れたようにルイに絡みついた。
「ねぇ~、もぉ聞かせてもらうからね!僕何も聞いてない!ちゃんといちから説明してよ」
「俺からすればお前の存在も説明してほしいんだが」
「なにをぉ~!態度悪いクランケだなぁ!さっきも枕で殴られたし」
片喰とアスクは睨みあっていがみ合っている。
よく考えれば森ですら怖がっていた片喰がこれほど大きな蛇を見慣れているはずがなく、驚くのは当然だった。
「まぁまぁアスク、片喰さんも能力使ってないし本気じゃないよ。ちょっと驚いただけだって」
「んー、そうかなぁ」
目覚めて咄嗟に能力を発動して蛇を追い払うなど元々能力が存在しない世界の住人である片喰に思いつくわけがない。
ただ普通に武力行使をしていただけだったがややこしくなると踏んで片喰は黙っていた。
「紹介が遅れてごめんね。アスク・ラピア、長年の腐れ縁なんだ。魔獣医科としているんだけど、あまり魔獣は来ないからね。専ら僕の助手だ」
ルイはアスクの鱗を撫でながら紹介した。
アスクは血よりも赤い目で片喰を見下ろしている。
よく見ると神々しく綺麗な蛇だ。
手がないのに医者なのかと余計なことを言いそうになって片喰はまた黙り込んで会釈だけを返した。
まさしく蛇足だ。
「俺は片喰藤。ゲーム会…おほん、武闘家で木属性だ。…ルイのところで厄介になっている」
「はぁ~!?厄介に!?いつからぁ!?」
「何日寝ていたかわからないが…俺が刺された日の少し前だ」
アスクは鬼の形相でルイを振り返る。
ルイは素知らぬふりをしてハーブティーを啜った。
「…なんでまた……」
「片喰さん、病院の前で倒れてたんだ。行く当てもないっていうし…仕方なく」
「犬猫じゃないんだからぁ」
蛇のわりにアスクの表情はかなり読み取りやすい。
睨んだり呆れたりと神々しさと美しさとはかけ離れた目まぐるしい表情の変化にルイの面影を感じる。
本当に長く一緒にいるのだろう。片喰はふたりが言い合いするのを微笑ましく見守る。
「はぁ~わかったよ。じゃあ、こうなったわけを話してよ。ちゃんとだよ、ちゃーんと話して!」
怒るアスクを宥めながらルイは初めから順番に説明する。
片喰と出会ったこと、仕事を探しに行ったこと、クエストに出かけたこと、一部は少しぼかしたが真摯に話すルイの言葉をアスクは大人しく聞いていた。
「その洞窟で、エクリプサーと…出会ったんだ」
「エクリプサー!?」
アスクは驚いて仰け反る。
片喰は聞き覚えこそありながら知らない単語にハーブティーのカップを置いて真剣な表情をした。
「その、エクリプサー?って、洞窟できんぴか野郎を見たときに言ってたよな。なんなんだ?」
ルイは言いにくそうに口ごもり、アスクは目を丸くして片喰を見る。
「し、知らないのぉ?」
「え?あぁ…こことは随分文化の違うところから来たみたいなんだ」
片喰を疑うように見ていたアスクは嘘をついていない様子にため息をつく。
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