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1章

ルイの能力

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中央街のルイの病院には本日休診の札がかかっている。
実際には札だけでなくリスポーンした際に強制的に他の病院へ転送されるような仕組みも掛かっているが、掛けたのはルイ自身であるためルイには関係なかった。
病院の受付にもやもやと光が集まり病院中に涼しい呼び鈴が鳴り響く。
出迎える医者は今日は不在だ。呼び鈴を鳴らす側になるとは思ってもいなかった。

「よっと…うわっ」

光のもやがルイと片喰の姿かたちを描く。
ふわりと香る嗅ぎなれた消毒の匂いにルイは泣きそうになるほど安心した。
光が消えゆくと同時に急な重力が発生してルイは片喰を抱えたまま地面に落下した。
ルイと片喰では体格に差があって完全に抱き上げることはできない。
腹に穴が開いている片喰に衝撃がいかないよう、ルイは自分自身を下敷きになし崩しのように倒れこんだ。

「うぅ…ごめん片喰さん…」

リスポーン用の十字架は光の粒となり消えた。
ルイが謝っても片喰は喉の奥が焼け焦げているかのようなひゅうひゅうという空虚な音を立てるだけで返事をしない。
ぐったりとルイに預けた身体は冷たく青白く、乾いてこびりついた血の上をとめどなく流れる真っ赤な鮮血がより一層目立った。

「アスク、緊急オペだ!患者を運んでくれ」

ルイは受付の奥に声をかける。
ほどなくして診察室の方から巨大な白い蛇がのそのそと眠たそうな顔をのぞかせた。

「ふぁ~…え?なに?緊急オペぇ?珍しいね~どこ行ってたのぉドクター」

光の当たり方によっては虹色にも見える光沢ある鱗に覆われた神々しく美しい大蛇だ。
瞳は片喰から流れる血よりも赤く吸いこまれるような妖しさをもっている。

「いいから早く!急患だ、もう死ぬ!」

「も、もう死ぬ!?」

アスクと呼ばれた大蛇はその悠々とした姿からは想像できないほど慌てて片喰を自身の背に乗せると診察室のさらに奥にある手術室へと這いずった。
手術室には複雑な機械や大量の器具から発光する薬瓶、杖のようなものまで雑多に見えるほど多くのものが置かれている。
ルイは白衣をかえると手早く手を洗い、手袋を新しいものにして台に乗せられた片喰に向き合った。

「アスク…悪いんだけど、今日は手伝ってほしいんだ」

「え~、ドクターひとりで大丈夫じゃない?ちょっとお腹に穴あいてるだけでしょぉ?ちゃんとここにいるからさぁ」

アスクは手術台の周りを囲うように大きくとぐろを巻く。
気怠そうに欠伸をしながらルイの顔を覗き込み、ぎょっと目を見開いた。

「え…」

「…お願いだよ。万が一のことがあったら…僕は…」

「い、いや、ドクターに万が一なんて…」

ルイはアスクが見たことをない顔をしていた。
ルイは表情豊かで喜怒哀楽の中でも特に喜びや楽しさをはっきりと表現し、それゆえにどこか飄々とした雰囲気のある優しい街医者だ。
普段の診察のときもどんなに難しい手術のときもその類稀なる力に裏付けされた自信を滲ませて必ず患者を元気づけてきていた。
万が一など口にしたこともなかったが、それ以上にこんなにも見知らぬ土地で迷子になった幼子のような顔は決してしない人だった。
少なくとも、アスクが見てきた限りではそうだった。

「アスク…」

アスクは見たこともない顔をするルイにそれ以上何も言うことができず、ため息ひとつつくと首をもたげた。

「わかった、でも後で話してもらうからね!この人が誰なのかってところからだよ!カルテもないしぃ!」

「ありがとう」

ルイはアスクに笑いかけると深呼吸をする。

「それじゃあ、始めるよ」

そして、ひと息に穴の開いた片喰の腹に手をねじ込んだ。
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