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1章

推しの気持ち ※若干シモ有

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ルイは笑ったことで落ち着きを取り戻したようで、本当にシャワーを浴びに行ってしまった。

「お、俺向こう向いてるから…ルームサービスとか探して…」

「えぇ~?気にしないでいいよ、男同士だしね。一緒には…入れないけど」

脱衣所でルイが服を脱ぐ音が聞こえる。脱衣所の方はすりガラスでいまいち見えないようになっているのが余計に片喰の興奮を高める。

「うわー、湯あみ場にも室温維持の結界が張ってあるんだ。暖かい。安いのにすごいね」

ガラガラと浴室のドアを開けてルイが入ってきた。片喰は浴室の方に背中を向け、気を紛らわせる。ちょうどルームサービスの冊子が目に入った。
フードとドリンクのページには知らない地方のワインが並んでいる。
これほど酒の力が必要なことはないと思う反面、現状一文無しの片喰にはルイに払ってもらうほかない。
あとから返すにしてもルイがいくらくらい持ち歩いているかなど知る由もない。

「ルイ、お前酒は?」

水音が響く背後に向かって声をかけると、思いのほか嬉しそうな声で返事が来た。

「お酒?好きな方だよ!サービスにあるなら頼もう。そうだな…サヴァチネリア産の葡萄酒があればそれがいいかな。何本か頼んでおいて」

「頼んでおく」

「あと食事は適当にお願い。好き嫌いとかないから」

水音とガラスでくぐもった声だったがなんとか聞き取れた。言われたとおりにワインとつまみや食事を頼む。
そうこうしているうちにルイが上がってきて、片喰もシャワーを浴びに入った。
同じ部屋に推しがいるのだから、抜いておきたいという思いもある。ただ、こんなに透けていては無理そうだった。
ルイも一応こちらは見ないでいてくれているのか、単に興味がないのか、冊子の酒特集に釘付けだ。かなりの酒好きかもしれない。
片喰がシャワーから出たタイミングで丁度頼んだものが届いた。
なにやら可愛いひよこのような生き物がトレーを頭に乗せて運んでくる。

「片喰さん、届いたよ!飲もう」

防御力の低いバスローブの身を包んだルイが目に毒で、なるべく動かしたくない。片喰はルイを座らせると自分で二人分のグラスに酒を注いだ。
乾杯して酒を飲む。口当たりのまろやかで果実感がしっかりしており、かなり飲みやすい酒だ。きっと産地は暖かく平和な土地なのだろう。
やけにルイが静かに懐かしむように酒を飲んでいるため片喰も元居た世界に思いを馳せる。
身内はいない。両親や祖父母は早くに失くしており、点々としていた家の親戚たちにももう何年も会っていない。
自分がいなくなっても、悲しむ人はいないだろう。
片喰にとって居場所の全てはゲームと会社だ。会社の同僚や先輩はどうしているのか少し気になったが、自分がいなくともまわる会社だ。
家賃の支払いが遅れて大家が怒るだろうか。失踪になっているのか、死亡になっているのか、植物状態なのか、いつか戻る時が来るのか。
わからないことばかりだ。
考えてもどうしようもないことは仕方がない。これからこの世界で生きることの方が、ひいては明日のことの方が大事だった。

「なぁ、ルイ…」

随分大人な酒の飲み方をしてしまった。ふと隣を見ると、ルイは顔に似合わずするすると酒を飲み、数本すべてを開けてしまっていた。

「え、全部飲んだのか?大丈夫か?」

「うん…」

あまり酔ってそうな感じではない。少しぼんやりとしているが、眠そうといった感じだ。

「明日は早いだろう。深酒はやめてもう寝よう。俺はソファで寝るからルイがベッドを使ってくれ」

寝支度をしてルイをベッドに入れる。電気はどこで消せばいいかわからなかったが、ルイが手を振った途端ふっと暗くなった。
片喰はソファで自分のスーツを腹にかけて横になる。巨体にはかなり窮屈だが、ルイの隣で寝ればルイは毒に気を遣ってしまうだろう。
目を閉じ、眠りの体勢をとる。
ただ、目が冴えてしまって眠れそうではなかった。

「ねえ、片喰さん……」

しばらくして、もう寝ていると思っていたルイが片喰に声をかけた。片喰は身を起こしベッドの方まで歩み寄る。

「どうした、ルイ?眠れないのか?」

「一緒に…寝てくれない?」

ルイは片喰を見ることもなく、背を向け耳くらいまで布団を被っていてどんな表情をしているのかわからない。
声も抑揚がなくどういう意図か読み取れなかった。
片喰は返事の代わりに無言で布団の中に体を滑り込ませる。
ルイは一瞬驚いたように震えたが、そのまま自分を抱くように丸まってしまった。

「片喰さんは、僕が怖くないの?」

「怖い?どういうことだ?」

「僕に近付くってことは、僕の毒におかされて死ぬかもしれないってことだよ」

ルイの声は抑揚がなく小さい。

「こうやって寄り添って寝たら、明日は死んでるかもしれない」

確かに、ルイが涎でも垂らして寝ようものなら下手すれば死ぬか、皮膚の壊死くらいはあるだろう。
初めてルイの家に泊まった昨日も、ルイはスカーフを外して生活している自分の部屋には決して入れようとしなかった。

「なら、なんで俺を呼んだんだ?…なぜ俺を拾ってくれた?」

「……」

今のルイはスカーフも手袋もしていない。
そして、自分の家でも部屋以外はスカーフをつけ食事は向かいにはならず、カトラリーは専用のものを使い、机には毒消しの花を飾っていて、急な来客には自分の毒の不安がない瓶の飲み物を差し出すような徹底した男が、配慮の難しい同居人を認めるということから変な話だ。

「……久しぶりだったんだ」

「久しぶり?」

「うん。…僕に、医者としてじゃなく近付いてくれた人が。ずっとひとりだったんだよ、僕」

片喰は思わずルイの肩に手をかける。ルイはまた一瞬震えたが、振り払うことはしなかった。

「会ったばかりでなんで片喰さんが僕をこんなに慕ってくれるかはわからないけど…僕は…」

「ルイ」

「僕は、知らなかったけど…寂しかったみたいなんだ」

片喰はルイの肩を思い切り手前に引いて倒して抱きしめる。
こちらに寝返りを打たされたルイは泣いているかと思ったが、ばつの悪そうな顔をしただけだった。

「お前、酔ってるな?」

「んふふ、そうかも」

腕の中のルイは随分小さかった。茶化したことで安心したのか、本当に酔っているのかはわからないがルイはようやく笑みをこぼす。

「ルイ、お前は会ったばかりだって思っているかもしれないが、俺はお前のことをずっと前から知ってたんだ。俺の孤独を埋めたのはお前だ。ずっとお前を好きだと思って暮らしてきた。お前が生まれたときからだ」

「えぇ?なにそれ~」

抱きしめられたルイは随分楽しそうだ。すっかり安心しきっていて、片喰の真剣な告白も冗談だと思っている様子だ。
片喰はルイを押し倒す形で腕をとり、覆いかぶさる。

「俺はお前の毒で死ぬなら本望だ」

「…っ!」

「いっそ今、お前の口付けで殺してくれよ」

ルイの首筋に顔をうずめる。ここを噛み切れば、ルイの血で死ねるだろう。
片喰も、少しの酒で酔っているようだった。ルイの小さな声で酔ってしまったのかもしれない。
寂しそうなルイに、愛おしさのような、憐憫のような、甘くて黒い感情が込みあがっていた。
ルイの体が強張り、ようやく冗談ではないと理解したような顔をした。
白く細い手首は片喰の大きな手では余りある。首にうずめた顔をあげると、湯上りでおろしていた前髪がはらりと目の前を横切り片喰のつりあがった深い緑の瞳を際立たせるようだった。
ルイはじわじわと赤くなっていった。

「あ、えっと…えっと…」

「ルイ」

「うぅっ…」

逃げ腰になるルイを逃がすまいと足の間に膝を入れ込む。
そこで、ルイのものがかたくなっていることに気が付いた。

「え?」

「う、う、その…は、放して片喰さん…」

「あ、す…すまん…」

急に気まずさがこみあげて思わず腕を離す。解放されたルイはまたすぐに片喰に背を向けて丸まってしまった。
暗さの中でもわかるほどルイは真っ赤になっている。この部屋に入ったときと同じような赤さだ。

「急に…変だよ片喰さん…いや、僕が悪いのか…」

「ルイお前、勃っ…」

「そりゃ勃起もするだろ!」

いたたまれないように叫んだルイは布団の奥底へともぐりこんで消えた。
片喰も赤くなり、同時にじわじわと下半身に血が巡る。

「ひ、久しぶりだって、言っただろ…僕に触れる人すらいなかったんだよ!そ、それを、そんな…抱きしめて、押し倒して…首に…っ、そんな熱烈に、そんな……」

布団の奥底でくぐもった言い訳が聞こえる。
ルイがスペックのわりに女慣れしていなさそうな様子だったことも、よく考えればわかる話だった。
そもそも関係を持てるような体質ではないのだ。
毒消しを大量に生み出せる者ならあるいは可能性もあるのかもしれないが、そこまでしようという人もいなかったのだろう。
片喰はルイの可愛さに天を仰いだ。

「悪かった、ルイ、大丈夫だ。俺も勃ってる」

「え?いやいや、大丈夫じゃないよそれは…慰めとかになってないから…」

「抜いてやろうか?俺の責任だ」

その言葉にルイは勢いよく布団から出てくる。そして、片喰をぽかりと殴った。

「死ぬわ!猛毒だぞ!手についたら皮膚が壊死するかもしれないんだから!」

「じゃあ手袋貸してくれよ。それで触ればいいだろ?」

「え、そういう問題…そういう問題……?もーっ、布団に入れたばっかりに!」

ルイは喚くが、先程の小さく抑揚のない声ではなくなっている。
片喰は安心して、再びルイに後ろから抱き着いて笑った。

「自業自得だろ!」
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