上 下
3 / 5

薔薇の耳飾り3

しおりを挟む

そのとき、出かけ際にポケットに突っ込んだブレスレットが転がり落ちた。
「あ…」
パリン。
またこの腕輪だ、と思う間もなく、乾いたものが割れる音が響く。
慌てて拾い上げるも華奢なブレスレットに散りばめられたローズクォーツはどれも割れていなかった。
「あれ?」
「胸ですよ」
「え?」
先程までの可愛らしい笑みを引っ込め、少し眉を顰めた彼女はわたしの胸を指差していた。
シャワーを浴びたところで、ネックレスなどはつけてないないはずだが。
「あ…れ……」
無意識に胸へ当てた手にちくりと痛みが走る。恐る恐る見てみると、手には小さなくすんだ桃色のガラスの破片が刺さっていた。
「…あなたの、心ですよ」
胸に目をやる。
ラフなTシャツをものともせず、あまりにもキラキラしたガラスの破片と薔薇のような花がわたしの胸から溢れ出てきていた。
「えっ、なに、なんやこれ…!?」
シャンデリアの光にも負けない輝きを発しながらガラスと花は足元へ散らばる。散らばっては、一瞬で溶ける雪のように消えていった。
「なにかとても辛いことや我慢していることがあって、心が不安定だったんですね。それが、このブレスレットを見て一気に壊れた。ここは、それが可視化できる部屋なんです。…何か思い出の品ですか?」
彼女はブレスレットを拾い上げてわたしに手渡す。
彼女の言ってることの殆どがわからなかったが、ブレスレットを見ると胸が苦しくなってガラスの破片と薔薇の花弁が溢れてくるのは本当だった。
「いえ、友…友達にもらった誕生日プレゼントです」
友達と言うときに一層胸が苦しくなる。
彼女はわたしを再び座らせると、胸から溢れてくるガラスと花を数枚拾い上げた。足元に落ちたそれらは雪解けのように消えていくのに、彼女が触ったものはそのまま美しい輝きと歪な形を保ってそこに残った。
「大体わかったので、詳しいことは話さなくて大丈夫です。…お薬をお出しましょう。しばらくここでお待ちください」
優しく微笑むと彼女は破片と花を数枚を持って扉を出ていった。
その後どれくらい経ったであろうか。胸から溢れるものが落ち着いてきた頃、彼女は白魚の手に何か小さいものを乗せて戻ってきた。
「これが今回のあなたのお薬です。あなたが、会うのが苦しいと思う方の前に出るときお付けください。そうすれば少しはお手伝いできると思いますので」
手渡されたのは、桃色の薔薇のイヤリングだった。
さっきまでそこに咲いていたかのような自然で美しい形に、とうに息絶えていたと言わんばかりのくすんだ桃色はそのコントラストで一層艶やかさを増している。
優雅で大人っぽくもあり、可憐でもあった。
「薬?」
「はい、これはあなたの心で出来た薬です」
言われてよく見れば、先程わたしがボロボロ吐き出したガラスの破片と花弁でできていた。
「これは、朋華さんが?」
「それが仕事ですので」
あまりの精巧さに驚いたように彼女の目を見る。初めて見たときの笑顔と同じように、彼女は少女のように明るく笑っていた。
「綺麗です」
何に言うでもなく、わたしは彼女とイヤリングを交互に見る。
結局薬とはなんなのか、この店はどういう場所なのかわからないままわたしはそのイヤリングを購入し、店を後にした。包み紙はいつかの女性が幸せそうに抱えていたあの可愛いものだった。
「またお越しください」
彼女の声が不思議にいつまでも頭に残った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

分かりました。じゃあ離婚ですね。

杉本凪咲
恋愛
扉の向こうからしたのは、夫と妹の声。 恐る恐る扉を開けると、二人は不倫の真っ最中だった。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった

海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····? 友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【R18】通学路ですれ違うお姉さんに僕は食べられてしまった

ねんごろ
恋愛
小学4年生の頃。 僕は通学路で毎朝すれ違うお姉さんに… 食べられてしまったんだ……

(完結)私の夫は死にました(全3話)

青空一夏
恋愛
夫が新しく始める事業の資金を借りに出かけた直後に行方不明となり、市井の治安が悪い裏通りで夫が乗っていた馬車が発見される。おびただしい血痕があり、盗賊に襲われたのだろうと判断された。1年後に失踪宣告がなされ死んだものと見なされたが、多数の債権者が押し寄せる。 私は莫大な借金を背負い、給料が高いガラス工房の仕事についた。それでも返し切れず夜中は定食屋で調理補助の仕事まで始める。半年後過労で倒れた私に従兄弟が手を差し伸べてくれた。 ところがある日、夫とそっくりな男を見かけてしまい・・・・・・ R15ざまぁ。因果応報。ゆるふわ設定ご都合主義です。全3話。お話しの長さに偏りがあるかもしれません。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...