わるいむし

おととななな

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 それはちょっとした脅しのつもりだった。
 いつも新汰のペースを乱してくる升谷への細やかな報復だ。
 ほら、困るだろ。
 見てろ、すぐに困った顔をして
 「揶揄ってごめん。俺が悪かったよ」
 と言うはずだ。
 だが、升谷は一瞬目を見開くとすぐにその目を細めた。
 「いいよ」
 「え?」
 「脱げばいい?」
 細い指が迷うことなくベルトに伸びる。
 金具を外す音とジッパーを下ろす音が聞こえてきて、新汰は慌てて手を押さえつけた。
 「マジでいい加減にしろよ。あんたいかれてんの??それとも俺のこと試して遊んでんの?」
 目いっぱい低くした声で脅す。
 よめない奴だとは思っていたが、ここまでくると異常者だ。
 すると升谷がフッ、と息を吐いた。
 嘲笑じみた嫌な笑みを浮かべると、新汰がしたのと同じように低い声で囁いてきた。
 「いかれてるのは新汰くんも一緒でしょ。教えてあげる。君のまわり全員いかれてるよ?」
 升谷はそう言うとスッと新汰から離れた。
 そして乱れた衣服を手早く整えると何事もなかったかのように自分の席に戻っていった。
 その数秒後電話をしにデッキに行っていた兄が戻ってきた。
 新汰は内心ドキドキしながら隣に座る兄におかえりと声をかける。
 もう少し帰ってくるタイミングが早かったら、升谷とのやり取りを見られていたかもしれない。
 新汰は外の景色を眺めるふりをしながらギリギリと奥歯を擦り合わせた。
 奏汰への気持ちに気づいた今、新汰は二つの思いに板挟み状態になっている。
 一つは升谷から兄を引き離したい気持ち。
 二つめは兄に嫌われたくない気持ちだ。
 一つめを実行するためには升谷を抱かなければならない。
 男の身体を抱いたことはないが、セックスのテクニックならそこそこ自信がある。
 とりあえず一度抱いてしまえば、肉体だけでも新汰の方に傾かせることができるはずだ。
 しかし、奏汰を想う新汰の恋心がそれにブレーキをかけてくる。
 升谷は一筋縄ではいかない曲者だ。
 もしも升谷が新汰のことを奏汰に話したらきっと幻滅されるだろう。
 奏汰を兄として意識していた時ももちろん嫌われたくはないと思っていたが、片想いの相手として意識するようになった今、思い切った行動になかなか踏み出すことができないのだ。
 邪魔なのになぜ排除できないんだ。
 新汰は内心で床に拳を打ちつけた。
 自分の気持ちと行動の差に苛々が募っていく。
 そして、実家に帰った新汰は更に頭を悩ませることになるのだった。
 
 
 
 
 
 
 
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