わるいむし

おととななな

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 翌朝、外はまだ雨模様だったがホッとすることがあった。
 兄の態度が普通に戻っていたのだ。
 あの日以来なんとなく新汰を避けているような感じだったが、それが嘘のように消えてなくなり以前のように目を見て話をしてくれるようになっていた。
 それは、沈んでいた新汰にとって正に救いの光となった。
 自分でも単純だと思う。
 落ち込む理由が兄で、復活する理由も兄だなんて。
 朝食を済ませた新汰はうきうきしながら洗面所へ向かった。
 鏡に映る自分の顔にはすっかり正気が戻っている。
 歯を磨き、寝癖のついた髪を整えていると、ふと背後に気配を感じた。
 「新汰」
 鏡越しに兄が柔らかく微笑みながら立っているのが見える。
 あぁ…
 胸がじわりと熱くなるのを感じた。
 優しい眼差しが自分に向けられている事がたまらなく嬉しい。
 「何?」
 ニヤついてしまいそうになる口元を必死に押さえつけながら、新汰は髪をいじるフリをした。
 「今日はバイトか?」
 「うん?そうだけど」
 「バイトの人はみんな新汰と同じ歳くらいなのか?」
 「いや、俺より年上も何人かいるよ。確か三人くらい兄さんと同じくらいの人がいたはずだけど」
 新汰はバイト先であるファミリーレストランでよく顔を合わせる人を何人か思い浮かべる。
 「そうか…。既婚者もいるんだろ?」
 「う、うん…。二人は結婚してて子どももいるって聞いてるけど…それがどうかした?」
 バイト先の事を聞かれるなんて珍しい。
 ファミリーレストランで働いていることやどんな仕事をしているか聞かれた事はあるが、一緒に働いている人がどんな人か聞かれたのは初めてだ。
 急にどうしたんだろう?
 新汰は鏡越しに兄の顔を見る。
 「……っ!!」
…と、思わず息を呑んだ。
 さっきまで穏やかに笑っていたはずの顔が違うものになっている。
 それは少し前キッチンで話していた時、一瞬だったため見間違えたと思っていたあの表情だ。
 じっと観察し、こちらの心髄まで読んでくるような鋭い鑑定士の顔。
 鏡越しだが、今回は明らかに見間違えではない。
 なぜなら兄の双眸は真っ直ぐ新汰をとらえているから。
 「にい…さん?どうしたの」
 新汰は動揺を隠すように訊ねた。
 心臓が早鐘を打つ。
 背中がじっとりと湿っていくような気がした。
 「新汰は…」
 ギシッと床が軋む音がして、兄が洗面台の方へ近づいてくる。
 新汰の心拍数は跳ね上がった。
 兄の様子がいつもと違う。
 その目は鏡の中の新汰の目を真っ直ぐにとらえ、絶対に離そうとしない。
 奏汰は緊張でかたまる新汰のすぐ後ろでピタリと止まる。
 そして、少し屈んで新汰の耳に唇を寄せるとゆっくり囁いてきた。
 「俺が兄でよかったと思うか?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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