わるいむし

おととななな

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 「…あらた…」
 柔らかく、まろみのある声が新汰を呼ぶ。
 昔から呼ばれていたはずの名前なのに、なぜだか今は特別胸に響いてくる。
 嬉しくて泣きたくてたまらなくなった。
 まるでこうやって抱き合える日をずっと望んでいたかのように、心がじんと満たされている。
 「ん…っ…兄さ…」
 「あらた…新汰……起きろ、新汰」
 突然耳元で声がして、新汰はハッと目覚めた。
 目の前には兄の奏汰がいて、こちらを心配そうに覗き込んでいる。
 新汰ははて、と首を傾げた。
 兄はいつのまにかきっちりと服を着込んでいる。
 それに、さっきまでこちらを見下ろしていた熱っぽい眼差しも下肢を支配していた甘い圧迫感もさっぱりと消えていた。
 「糸史から連絡もらって迎えに来たんだ。飲み過ぎたのか?」
 奏汰の言葉に新汰は一気に現実に引き戻される。
 そうだ。
 升谷の店でビールを飲んで…そしたらグラスを倒して寝たフリをして…
 升谷を陥れようとしていたはずなのに、いつのまにか寝てしまい、挙げ句の果てにあんな夢まで見てしまうなんて…
 新汰はたちまち自己嫌悪に陥った。
 まだ生々しく残る感覚が、余計に罪悪感を与えてくる。
 奏汰と…実の兄と繋がる夢を見るなんてどうかしてる。
 新汰は思わず頭を抱えた。
 「どうした新汰、気持ち悪いか?ほら、水飲め」
 そんな新汰の自責の念など知らない兄は、いつものように接してくる。
 コップに入った水を渡され、それを俯きながら受け取った。
 ふと、自分がまだズボンを穿いていないことに気づく。
 脚を擦り合わせようとしてまた気づいた。
 下着が…濡れている。
 正確には下着の股間にあたる部分だけが濡れているのだ。
 濡れることに敏感な新汰が間違えるはずがない。
 まさか…
 新汰はわなわなと震えた。
 まさか兄に抱かれる夢で射精までしまったというのだろうか。
 夢であれと願いながらもう一度下着を確認する。
 だが、グレーの布地の濡れた部分には明らかにシミが滲んでいる。
 すぐそばに兄がいる。
 理由はなんであれ、この状態がバレてしまったらおしまいだ。
 いや、もう見られているかもしれない。
 さっき起こされるまで新汰は無防備な状態で寝ていた。
 観察することに長けている兄が見逃すはずがない。
 嫌な汗が吹き出してくる。
 濡れた下着がまとわりつく不快感も重なって、新汰の顔色はみるみるうちに凍りついていった。
 
 

 
 
 
 
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