わるいむし

おととななな

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 すると、突然目の前が暗くなった。
 次に感じたのは唇に触れる柔らかな感触。
 そして、睫毛に覆われた細く妖しい眼差しだった。
 酔いがまわりかけているせいか、しばらく思考が停止する。
 だがすぐに我に返ると、新汰は升谷を突き離した。
 「ちょ…っと!!」
 その弾みでカウンターにあったグラスが倒れ、中身が新汰の下肢に降りかかる。
 暑さ対策として穿いていた薄手のズボンはあっという間に水分を吸い込み、その下の肌まで浸透してきた。
 「あ~あ、新汰くんが暴れるから溢れちゃったじゃない」
 升谷はそう言うと、おしぼりを使って手早くテーブルを拭いていく。
 だが、テーブルや床より新汰のズボンの方が悲惨なことになっていた。
 「すいません」
 元はと言えば升谷がいきなりキスなんかしてくるからこうなってしまったのだが、溢してしまった驚きからか無意識に謝ってしまう。
 「いいよ。グラスも割れてないしそんなに溢れてもないから。それより新汰くんの方が大丈夫じゃないでしょ。結構かかったよね」
 升谷は新汰の水分を吸ったズボンへ目を向けてきた。
 升谷の言う通り、ぐっしょりと濡れた布地は新汰にマックスの不快感を与えている。
 潔癖というわけではないが、新汰は意図せず体が濡れるのが好きではない。
 特に濡れた服が肌にまとわりつくのが一番苦手だ。
 雨が嫌いな理由もそれで、服や靴が濡れたりすると途端に気持ち悪くなる。
 よく黒板を引っ掻く音が嫌いだという人がいるが、新汰にとって濡れた服が纏わりつく事がそれと同じ感覚なのだ。
 できるなら今すぐ脱いでしまいたい。
 すると、何を思ったか升谷が新汰の濡れたズボンに手を伸ばしてきた。
 「脱いで」
 そう言うと、フロントホックを外しにかかろうとしてくる。
 新汰は慌ててその手を阻止した。
 「ちょ…何してるんですか」
 「脱がそうと思って」
 「は?なんで…」
 「ズボン俺のと交換してあげる。そのままじゃ気持ち悪いでしょ」
 升谷の申し出は新汰にとって願ってもない事だった。
 だが、さすがに人に濡れた自分のズボンを穿かせるなんてできない。
 「我慢するからいいです」
 新汰は気持ち悪さに鳥肌をたてながらも断った。
 「濡れたままじゃ気持ち悪いでしょ。それにそのままじゃどのみち帰れないんじゃない?」
 升谷に指摘され、新汰は改めて冷たくなっている場所を見た。
 濡れて湿っている場所は太ももから股あたりと最悪な場所。
 運の悪いことにベージュ系の色のため、濡れた場所は一目でわかってしまう。
 
 
 
 
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