わるいむし

おととななな

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一週間後。
 新汰はやや緊張した面持ちでバイト先を後にした。
 行く先は新汰と奏汰が時々行っている自宅近くの居酒屋。
 もちろん約束をしている相手は兄だが、今日は奏汰の恋人も来ることになっている。
 それについてはもう慣れたのだが、今回は少し引っかかることがあった。
 いつもは女子が好きそうな小洒落たカフェかレストランなのだが、今回はなぜか庶民的な居酒屋であること。
 それは今までにないことだった。
 改まった場所が苦手な女もいるだろうが、それにしたってあまりにもフランクすぎないだろうか。
 しかもわざわざ歓楽街から離れた場所を選ぶなんて…
 妙な胸騒ぎに平常心を揺さぶられながらも、新汰は自分に言い聞かせる。
 いや、大丈夫だ。
 どんな相手だろうといつものようにやればいい。
 恐らく相手はまたチョロい奴に決まっているのだから。
 十分ほど歩くと、約束の居酒屋の前に着いた。
 ポケットの中のスマホを取り出すと、メッセージが来ていた。

 『駅に迎えに行ってから向かうから先に入ってて。乾奏汰いぬいそうたで予約してあるから。腹が減ってたら先に注文しててもいいからな』

 子供じゃないんだからわざわざ迎えになんていかなくてもいいんじゃないかと思うが、そこはぐっと我慢する。
 わかったと返信すると、新汰は店内で待つことにした。
 小さな個室に通された新汰はメニューを眺めながらその時を待つ。
 初めてここに連れて来てもらった時、新汰はまだ未成年だった。
 きっかけは毎日食事の準備をしてくれる兄に対して申し訳なく思ったため、たまには楽していいよと言ったことだった。
 弁当などのできあいのものでもいいという意味で言ったつもりだったが、兄は自分のレパートリーが少ないせいで新汰が飽きてきているのだと思ったらしい。
 新汰は自分の言ったことをひどく後悔した。
 兄に少しでも楽をしてほしいと言ったことが、逆に兄を傷つけることになってしまったからだ。
 その後誤解は解けたが、以来新汰は兄に自分の気持ちを正直に伝えることに些か気を遣うようになった。
 普通の兄弟でこんな風になるのはおかしいのかもしれない。
 きっと普通なら言いたいことをぶつけ合って、時々取っ組み合いの喧嘩なんかもしたりするんだろう。
 だがどう考えても新汰にはできそうにない。
 完璧な兄の前では完璧な弟でいたいし、兄の恋人には兄にふさわしい完璧な人がいいのだ。

 その時、個室の扉をノックする音が響いた。
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