【完結】ベニアミーナ・チェーヴァの悲劇

第六話：運命の導き

ある日、屋敷に新しい執事が雇われた。彼の名はオッターヴィオ。忠実で物静かな男だったが、その眼差しには鋭い知性と何か隠された野心が伺えた。

オッターヴィオとベニアミーナが最初に言葉を交わしたのは、屋敷の庭だった。ベニアミーナは珍しく庭に出ていたが、その顔にはどこか遠い悲しみが漂っていた。彼女は無意識に、手に摘んだ花を見つめていた。


「お嬢様、その花はお好きですか？」


オッターヴィオの声が静かにベニアミーナに届いた。

ベニアミーナは彼に顔を向け、初めてその存在を意識した。彼は彼女よりずっと年上で、強い眼差しを持ちながらも、どこか穏やかな印象を与えた。


「ええ……でも、今は花が美しく見える日が少ないのです」


彼女の言葉には暗い影があったが、オッターヴィオはそれに気づきつつも、深く追及しなかった。彼はただ、そっと微笑みを浮かべた。


「お嬢様のお心が、少しでも晴れますように」


それ以来、二人は何度も顔を合わせるようになり、次第に言葉を交わすようになった。オッターヴィオはベニアミーナに対して、敬意と慎重さを持って接した。だが、彼女が父親に虐待され、肉体を弄ばれているのを目の当たりにすると、オッターヴィオの中で何かが揺らぎ始めた。ベニアミーナもまた、彼の存在が自分にとって少しずつ重要になっていくことに気づいていた。

オッターヴィオは、庭の茂みに倒してある長梯子を使って、夜に度々ベニアミーナの部屋に通うようになった。ベニアミーナは、地獄でしかない家の中でただひとつ、オッターヴィオの腕の中に少しの安らぎを感じるようになる。


「あなたがいると、私は人間でいられるような気がします」

「ベニアミーナ様……。ああ、美しい私の女神よ……」


そしてベニアミーナは、女としての幸福を手に入れたいと願うようになった。



ある夜、ベニアミーナは自室にオッターヴィオを呼び出した。彼女の目は暗闇の中でも輝いていたが、その輝きは決意と覚悟の光であった。


「オッターヴィオ、あなたにお願いしたいことがあります」


オッターヴィオは慎重に頷いた。ベニアミーナが次に口を開く時、何か大きなことが動き出す予感があった。


「私は……もう、これ以上耐えられないのです」


彼女の声は震えていたが、その言葉には強い意志が宿っていた。


「私の父、フィデンツィオ……彼は、私たちにあまりにも酷いことをしてきました。あなたも、その一部は見てきたでしょう。でも、あなたが知らないこともたくさんあります」


ベニアミーナは、これまでの苦しみをオッターヴィオに話し始めた。父による身体的な暴力、精神的な虐待、そして母エルミーニアの死後にますますエスカレートした異常な行為。娘である自身の体を、いいように弄ばれていること。彼女は長年、父の支配に耐えてきたが、今やその限界に達していた。


「私は……父を殺さなければなりません」


その言葉を聞いた瞬間、オッターヴィオは驚きのあまり目を見開いた。だが、彼はすぐにその衝撃を抑え、ベニアミーナの目をじっと見つめた。彼女の目は真剣だった。彼女が言っていることが、ただの感情的な衝動ではないことを理解した。


「お嬢様、それは……本気ですか？」


ベニアミーナは静かに頷いた。


「私はこのままでは、いつか壊れてしまう。いえ、もう壊れているのかもしれません……。それでも、私たちが父に殺される前に、何かをしなければならないのです」


オッターヴィオはしばらく黙っていた。彼は、神々しくさえ見えるベニアミーナの姿を、美しいと思った。そしてその言葉の重さを感じ取り、彼女に対して芽生えていた感情が、自身を駆り立てた。


「お嬢様、私は……あなたの助けになるのなら、何でもします」


彼の言葉は静かだったが、その中には揺るぎない決意と興奮が感じられた。ベニアミーナは目を伏せ、深く息を吸い込んだ。自分が一人ではないことを強く感じた瞬間だった。


「ありがとう、オッターヴィオ」


彼女の声はかすかに震えていたが、そこには感謝と希望が込められていた。



こうして、ベニアミーナとオッターヴィオはフィデンツィオ殺害の計画に向けて動き出した。二人の間には、言葉を超えた信頼と、深い絆が生まれていた。そして、その絆が、これからの過酷な運命に立ち向かうための力となるのだった。





それからの日々、ベニアミーナは再びフィデンツィオの元で地獄のような日々を送りながらも、心の中では次第に復讐の炎が燃え上がっていった。彼女は父の行為に耐え続ける一方で、密かに兄ジャンパオロ、執事オッターヴィオ、そしてルイージャと共に復讐計画を練り始めた。

夜の静けさの中、彼らは作戦会議を行った。ジャンパオロはロマホフから戻り、ベニアミーナやルイージャ、オッターヴィオとの信頼関係を築いていた。この計画は、誰が裏切ってもいけないのだ。

ルイージャもまた、この計画に参加することにより、次第にフィデンツィオへの恐怖を怒りに変えて、彼女たちに協力する意思を固めていた。


「このままでは、私たち全員が破滅する。父を倒す以外に道はないわ」


ベニアミーナの言葉に、皆が頷いた。計画は着々と進み、フィデンツィオにとっての運命の日が、確実に近づいてきていた。