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第二章
第七話 乱入者
しおりを挟むシェーレの唯一の王子であるヒュピテック・ララ・シェーレは、わがまま放題のバカ王子だった。初めての男児だったため国王夫妻は後継ぎとして厳しく、ではなく、まるで初孫を喜ぶ祖父母のように甘やかすだけ甘やかして育ててしまったのだ。ちなみに姉が三人いるが、すでに皆嫁いでいる。
一人は国内の公爵家に、一人は西の隣国の王族に、一人は東の辺境領にいて、それぞれの役割をきちんとこなしていた。
公爵家に嫁いだ長女パロッティエは社交に精を出し、今ではほぼすべての家の弱みを握っているほどの情報通だ。隣国に嫁いだ次女プリッツァは夫である第三王子とラブラブで、恋愛マスターとして定評がある。よく自宅でサロンを開き、独身の令嬢の恋愛相談を受けたり政略結婚のノウハウを享受している。夫人らは、夫婦間の悩み相談をしに訪れるそうだ。そして辺境領に嫁いだ三女ペネロッペは、もともと剣術に長けていたことから、そこで辺境の兵団と共に国境の魔の森の魔物退治に精を出している。
パロッティエが聞く。
「ヒュピテックはどうして友達を作らないの?」
「王になるのに友なんか必要ないだろう。皆臣下なのだから、命令すれば言う通りにする」
プリッツァが聞く。
「ヒュピテックはどうして勉強しないの?」
「そんなことをしなくても、王になるのだから周りがなんとかするだろう?」
ペネロッペが聞く。
「ヒュピテックはどうして剣術の指南を受けないの?」
「そんなことをしなくても、王になるのだから護衛がついてなんとかするだろう?」
三姉妹はそうやって聞くだけでなく、社交の場に連れ出したり図書室に連れ込んだり、騎士団の鍛錬場に引っぱって行ったりという努力もした。しかし王子はすべてを嫌がり、自分の好きなことだけをして過ごしていた。
「父さまがやらなくていいって言ってるんだ!」
「でも、王になるのに支えてくれる人は必要でしょう?」
「そうよ。自分の身を守れるくらいの武は身に着けたほうがいいわ」
「簡単な計算もできないなんて恥ずかしいわよ?」
「う、うるさーい!」
勤勉で努力家の姉たちと違って、怠け者で人任せなヒュピテック。三姉妹が父王に訴えかけるも暖簾に腕押しだ。父王は、ヒュピテックに厳しくすることを良しとしなかった。
「ヒュピテックはまだ子どもなんだ。遊びたい盛りだろう? あまり厳しくしないでおくれ」
子ども、といってもこの頃にはもう10歳を過ぎていて、間もなく貴族の令息令嬢が集まる学園に入学することになる年だ。日本でいうところの小学校程度の勉強は皆家で済ませてから入学してくる。このままではヒュピテックは、入学したあと学園の授業についていくことなどできないだろう。
それでも、父王がそういって愛する嫡男から姉たちを引き離したため、ただひとりの王子は結局入学するまで遊び惚けていた。そして授業についていくことができるはずもない王子は、授業をサボるようになり、テストは側近たちに受けさせた。容姿は良かったことから、王子ということもありとてもモテたので、学園生活でただひとつ学んだのは、権力に擦り寄ってくるバカ女たちを貪り喰うということだった。
そうしてバカ王子がもう軌道修正できないほど出来上がった頃に、聖女が倒れた。
シェーレにはこの時点で聖女がほかに出現していなかったため、国は慌てて次代の聖女を異世界から召喚することを決めた。
そして召喚された聖女が、セツコだったというわけだ。
「歴史に則り、聖女セツコは王子ヒュピテックの婚約者とする」
その後は前述したとおり。王子は自分をもてはやさないセツコを嫌っていたし、定例のお茶会には父王に言われていたので参加はしていたが愚痴愚痴言うだけで婚約者らしくは振る舞わなかった。ヒュピテックはセツコの容姿は美人だと思っていたので手を出そうとしたことはあるが、すごい聖魔法で弾かれたのでその後は寄り付きもしなかった。
そして、美人でスタイルもよく、貴族令嬢であるのに簡単に股を開いたカレンデュラを気に入り、セツコには婚約破棄を告げ魔の森への追放だ。
「だから、お前が仕事を放棄しなければ!」
「聖女を追い出したのは王子だったと聞いていますが?」
「なっ! 貴様、無礼だぞ!!」
レッツランド団長が言ったことは、皆が知る事実だ。しかしヒュピテックには可笑しなことを言っている自覚がない。
さすがに黙っていられない、と王がゆっくり立ち上がった。
「いい加減にしないか、ヒュピテック」
「ち、父上! ですがこの女が!!」
「セツコ殿は我が国の救世主だ。無礼は許さぬ」
「そ、そんな……父上っ!」
セツコを追放したとき、初めて父に怒られたヒュピテック。なんでも好きなことをやらせてくれていたのに、と衝撃を受けた。今回もまた、セツコのせいで怒られているのか、と思ったヒュピテックは、セツコに掴みかかろうとする。
「このっ……!!」
「「!」」
しかしそれは叶わなかった。
ジスとズェラシエがセツコの前に立ち、さらにその前にレッツランドが立った。
「貴様ら!」
「あら? あの女の断罪はまだ終わっておりませんの?」
「……っ! カレンデュラ!」
緊迫した状況であったが、開け放たれていた扉から王子の婚約者(?)であるカレンデュラが顔を覗かせた。
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