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第二章
第一話 国からの依頼
しおりを挟むペガサスの住む泉のある山で、ある家族が暮らしている。
夫は畑仕事をし、妻は採取した薬草を元にポーションを作る。夫婦の間には男の子がひとりいて、その子はもうすぐ三歳になろうとしていた。
「今日はツバサを連れて村に行ってくるわ」
「商品なら俺が売りに行く」
「お散歩も兼ねて、ね。子どもにとって人との触れ合いは大事でしょう?」
「そうか」
ポーションやきれいな花々を村に売り、少しの収入を得ているセツコたち。歩けば半日かかる距離だが、シルフの風に乗って山を降りれば数分で着く。
「調子に乗ってどこまでも飛んで行かないように」
「はぁい」
シルフの風に乗るのがあまりにも心地よいので、セツコはジスに行き先を告げずもっともっとと遠出してしまったことがある。帰らない妻と子を心配したジスは、山中捜しまわったのだ。
釘をさされたセツコは、今日は村との往復だけで寄り道をしないと言い、ツバサを連れて風に乗った。
家に残ったジスは、畑仕事の続きをし、昼食の準備を始めた。
下ごしらえを済ませた野菜などを入れた鍋に火をかけその様子を見ていると、外から足音が聞こえてきた。
ここを訪ねてくる人間などいないものだから、剣を持って警戒するジス。扉がノックされると、素早く裏口から出て畑を回り表玄関を確認した。
「……ビズか?」
「あ、ジス様」
「なんだ……お前か……」
緊張して行動したのが馬鹿みたいに思える。来客はビズ・ロイン、王子だったときに側近として仕えていてくれた有能な男だ。現在も城に残り、文官として仕えているはずだ。
「ご挨拶ですね……お久しぶりです」
「ああ、久しいな。とりあえず上がってくれ。茶くらい出すぞ」
「殿下が私にお茶を?」
「……言うな」
それは『殿下』もだが、過去部下に茶など淹れたことがない上司に対する皮肉にもかかっている。ジスはビズを招き入れ、湯を沸かし茶を入れた。ついでに作り置きのハーブクッキーも皿に盛って出す。
「疲労回復効果のあるハーブが入っている。味は美味いぞ」
「クッキー……」
「俺が作ったんじゃないぞ」
「それはさすがに」
王子で騎士だった体格のいい上司が、茶を淹れクッキーを焼いている様子は想像するに耐えない。エプロンでもしていようものならホラーだ、とビズは思った。
しばらく、ジスが城を出て以降の出来事を、ビズは愚痴を絡めながら話した。
「で、今回は陛下から直々のお願いです」
「急に本題に入ったな」
「まあ、愚痴愚痴言ってても仕方ないので」
「さんざん言っていたが?」
「結論から申し上げますと、こちらの聖女殿に派遣依頼です」
「派遣?」
「シェーレ国の瘴気を浄化しに行ってほしいのです」
「シェーレ? ふざけるな! セツコを追放した国だぞ!」
ジスが勢いよく立ち上がると、椅子が大きな音を立てて倒れた。
頭に血が上った元上司のあしらい方は心得ている。ビズは静かに、事の経緯を話し始めた。
セツコを追放して間もなく5年が経とうとしているシェーレ国。その間も、国内に新たな聖女が現れることはなかった。そのため、兵団が各地で瘴気から湧き出る魔物の駆除にあたっていたが、前線はどんどん後退していた。このままでは王都まで魔物が押し寄せることになる。
「そうなれば、シェーレが魔国になってしまう。ゾゼにとっても悪い影響しかない」
「……」
「幸い我が国は、前聖女ミア殿が亡くなってからすぐ、幼いながらも神聖力の高い聖女が見つかりました。国内はそれで充分まかなえている」
「聖女が数人いる国もあっただろう」
セツコ追放からしばらくして、シェーレ国王は周辺の国に聖女の派遣をお願いしていた。
しかし、召喚されたばかりの聖女の行方が定かではなかったし、どの国もその調査をしたが『聖女が魔の森に追放された』という事実が判明したのだ。そのため、シェーレに大切な聖女を送る事はできない、というのが国々の結論だった。
瘴気の浄化ができず、国が滅びたら隣接する国もただではすまない。国家間のやり取りで、シェーレに隣接する国から何とか聖女を送ろうということが決まった。
「それがセツコである必要はないはずだ」
「そうなんですけどね。早々に解決したい問題です」
「それはわかるが……」
「国に属する聖女は、その分制約も多い。すぐにでも動ける国に属さない聖女は、セツコ殿だけです」
「……」
ビズの言うことはわかる。シェーレが魔物で埋め尽くされてしまえば、そこから放射状に魔物の進行が始まるだろう。国内を浄化していても発生場所はシェーレになるのだから、結局シェーレの瘴気を浄化しなければならなくなる。
だったら、どの国からも聖女を派遣すればいいのだが、聖女がひとりしかいない国もある。数人いても、他国へ行かせるとなると議会での話し合いも長引くだろう。
セツコなら自由に動ける、それはわかる。セツコの神聖力があれば、浄化はあっという間に終わるだろうというのもわかる。だが、召喚しておいて死んでしまえばいいとばかりに魔の森に捨てた国を助けるのか? 唯一愛する妻を危険な目に遭わせるのか? 心は、そんなに簡単に納得できるものではなかった。
「とりあえず、セツコ殿にお話をさせてください」
「……ああ、そう…だな」
シェーレに行ったとき、ジスはセツコと行動を共にしていた兵士らと会う機会があった。そのものたちは、セツコを大切にしていたようだし、セツコも楽しく過ごしていたようだった。セツコの仲間……友人は、今も生きていれば前線で戦っているのかもしれない。そう思うと、ジスは自分の意見だけで断ってはいけないと思った。
「昼には戻るだろう」
「待たせていただいても?」
「ああ……茶のおかわりでも淹れようか」
「……いただきます」
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