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第一章

第二十一話 再会

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「セツコ……?」

「ええ、ジス」

「その、子は……」

「……私の、子」


久しぶりにセツコの姿を見たジスは、駆け寄って抱きしめようと一歩踏み出した。しかし、セツコの腕の中ですやすやと眠る小さな子がいることにすぐ気づいて、足が止まってしまう。


「俺の子……だよな?」

「……ふふっ、さあどうかしら」


セツコは微笑んで、腕の中の子をジスのほうに向ける。

子どもに目線をやりながら、そっと近づいていくジス。


「ほやぁ」

「っ!」


感じたことのない気配が近づいたからか、眠っていた子は目を開けた。


「新緑の瞳……」

「そうね……あなたの色だわ」


セツコは日本人なので、黒髪黒目だった。目は黒というより茶色いが。
そしてジスは、ベレロフォーン家だけが受け継いできた緑色の目をしている。その目が、子の父親がジスだという証拠にもなった。


「そうか……そうか、セツコ、俺の子……なんだな」

「あら、さっそくばれちゃったわね」

「そうか……」


少しいたずらをしてやろうと意味深なことを言ってみたが、目を見ればわかってしまった。セツコは、周りの妖精たちにそっと微笑んだ。


「ずっと、ここで?」

「ええ、ここにいたの。ごめんなさい……」

「いや! いいんだ……また、会えた」

「そうね……」


エコルは事情を説明したかったが、魔力があまりないジスに妖精は見えない。
セツコは悪くないんだ、と訴えるようにまわりを飛び回ってみるが伝わらない。するとみかねたペガサスが、セツコが姿を消した事情を話し始めた。


「そうだったのか」

「あれはあれで、セツコを思ってした事だ。どうか、寛大な心を持ってほしい」


ネフレがジスからセツコを隠していたのは、彼女が王子と恋愛しても幸せになれないと思ったからだ。その気持ちをセツコは理解し、同調した。セツコもまた、王子との恋愛は荷が重かった。日本という身分のない国に暮らしていたところ、いきなり召喚され、聖女だ魔物だ王子と婚約だなんだと騒がしくなった日々。そしてやっと生活に慣れたと思ったら、婚約破棄で魔の森に追放だ。波風立てず坦々と生きてきたセツコには、最初の一年はとても辛かった。


その後見つけた安穏の地。セツコはペガサスの元で穏やかに暮らしていた。


そこに現れたイケメン騎士が、恋仲になったあとに王子と知る。


シェーレの王子とは違うと思っても、ジスはよくても王宮へ行けばその周りにまた辛い思いをさせられるのではないか、と不安が拭えなかった。だから、セツコはネフレにのってジスから逃げたのだ。

その弱さを、セツコはジスに話すことができた。


「そうだな。無駄に高い身分だった……あの時、迎えを無視してもいずれ連れ戻されただろう。セツコを連れて帰っても……きっと辛い思いをさせるだけだった」

「ジス……」

「よく、ひとりで産んでくれた」

「妖精たちと、ペガさんがいたわ。すごいのよ? 出産ってすごく大変だと思っていたけど、痛みを緩和してくれてだいぶ楽だったし、無事育つよう皆が助けてくれたの」

「そうか……そうか……」


セツコの手を取り、涙を流し感謝するジス。子どもは、妖精たちが浮遊させ、寝かしつけている。


「浮いているな……」

「ふふっ、そうね。その浮遊感が気持ちいいみたいで、すぐ寝るのよ。とても助かってるわ」


妖精が見えないジスにはとても不思議な光景だったが、セツコにはこれが日常だ。優しく子を見守るセツコを見て、ジスは幸せを感じられた。


「俺は、王子でも騎士でもなくなった。ただの男だ。だが、全力でセツコを……子どもを、守る。どうか、俺と一緒になってほしい」

「ジス……」

「どうか……その子の父親に、ならせてくれ」


旅したことが無駄だったとは思わないが、それでもセツコとの再会は一年も空いてしまったのだ。ひとりで出産し、慣れない子育てをするセツコをそばで支えることができなかった。あの時、セツコを幸せにすることができると示せればよかったのだろうか? そうすれば、ネフレは納得してセツコを隠すのをやめたかもしれない。セツコが納得すれば、ネフレを説得してくれたかもしれない。

しかし、過ぎた時間は後悔しても戻らない。ならばこれから示していけばいい。ジスはその機会を、セツコに求めた。


「そうね。男手は欲しかったし……」

「セツコ……」

「ふふっ、ずっとあなたに、会いたかったわ」

「……!」


ゾゼで反乱が起きて王家が代わったことは、セツコも知っていた。王家交代後、ジスが周辺諸国を周っているのも、妖精たちの噂で聞いた。王子ではなくなったのだから、早く帰ってくればいいのにとすら思っていた。早く、迎えにきて……と。


「まさか一年もかかるとは思わなかったわ」

「まさかここにずっと留まっているとは思わなかったぞ」

「……途中から、私を捜すことより、各地の状勢のほうに気を取られていたんじゃない?」

「いや、そんなことは……」


ずっとゾゼから出ることがなかったジスは、セツコを捜す旅でいろいろな国を周り、いろいろな人に会い、いろいろなことを知った。王子のときにこれができたなら、国政にも役立っただろうなんてことも思っていた。決して片手間にしていたわけではないが、シェーレ以外でセツコの話を得ることができなかったので、途中から、セツコはあの家にいるのではないか、と思い始めていたのは事実だ。

それでも、旅をやめずに各地を回り結局一年が経ってしまった。


「まあいいのよ。いろいろな経験をすることは大事よね。いいの……帰ってきてくれたから」

「……もう絶対に離さない。ひとりになんてしない。……次に外国へ行くなら、みんなで行こう」

「ふふっ、そうね。大好きよ、ジス」

「ああ……セツコ、愛している」

「私も……愛しているわ」






こうして二人は、落ち着くところに落ち着いた。

ペガサスの泉にほど近い家で、畑を耕し草花を育て、ポーションを作り、近くの村と交流し、穏やかに、緩やかな時の中で過ごしていくことだろう。










~第二章へ~




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