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第一章

※第八話 帰還した王子と母の過去

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「なんだ、ずいぶんと遅かったな」

「怪我を治療してもらい、ペガサス殿の元で療養しておりました」

「まあいい。早く職務に戻れ」

「はっ」


ジスは王に帰還報告を済ませ、さっそく溜まった仕事に取り掛からねば、と執務室に向かう。
その途中、王妃エリスがいるのが見えたので迂回しようとしたが、先に気づかれていたようでそれは叶わなかった。


「戻ったのねジス王子。あまりに遅いから、どこぞでくたばったのかと思ったわ」

「王妃……ええ、戦いの傷も無事に癒えました」

「ふん」


王妃は扇で口元を覆う。

キマイラ討伐の遠征に出たとき以来、数ヶ月振りに顔を合わせた二人だった。王妃は、母メドゥラに似てとても美しい顔立ちをしているジスのことが、昔から嫌いだった。



ギリシャスの神女だったジスの母メドゥラは、聖力を持っていたため幼い頃から神殿に入れられ生活していた。聖女となる女性の聖力は神聖力といい、その力はずば抜けて高い。しかし、そこまではなくても聖力を持つものは、神殿に集められていた。そこで生活し、聖女に仕えるのだ。

ある日、ギリシャス国に視察という名の遊興に来ていたゾゼ国の王ゼシウスは、神殿でメドゥラの仕えている聖女と会談していた。そのときゼシウスは、聖女の後ろに控えるメドゥラの美しさに目を奪われ、自分の欲望を満たすために、この国では決して穢してはならない神女に手を出した。


「やめてくださいゾゼ王! 私は神女です! こ、このようなことっ」

「俺が欲しいと思ったんだ。諦めろ」

「そんな……、ああ……あ、あああああ!!」

「ははは! いいな、美しい神女の泣き顔! 最高だ、メドゥラ!!」


深夜、秘密裏に神殿に呼び出されたメドゥラは、そこで純潔を失ってしまった。行為が終わると、ゼシウスはさっさとその場を去っていく。メドゥラは、引き裂かれた服を抱え、泣きながら聖女の部屋に駆け込んだ。ゼシウスにされたことを聖女に告げると、聖女は憤慨し、メドゥラを怒鳴りつける。


「神聖なる場所でそのようなこと! なんとおぞましい!! 神女が男を誘惑するなど……その汚い体で神殿にいられると思うな、メドゥラ。今すぐここを去れ!!」

「聖女様! わ、私は決して……」

「ええい汚らしい! 神兵! 神兵!! この女を神殿から追い出すのだ!!」

「やっ、聖女様! 聖女様っ!! 私は誘惑など!!」

「聞きとうない! 早う連れて行け!!」


元々、ただの神女なのに女神と称されるほど美しいメドゥラのことが疎ましかった聖女は、これを機にと彼女を追放してしまう。

そうして神殿を追い出されたメドゥラは、行く宛もなく途方に暮れた。


何も持たず呆然と、街にある店先で雨をしのいでいるメドゥラの前に、ゼシウスが現れる。


「お前はもう俺のものだ。ゾゼに来い」

「ゾゼ王……」


メドゥラを連れ帰る気でいたゼシウスは、姿を消した彼女を捜していた。メドゥラには、目の前に現れた憎いはずの男がまるで自分を助けに来た英雄のように見えた。


「この体では、もう神殿に戻れません。責任を、取っていただきます」

「はっ、気の強いところも気に入った!」


ゼシウスは、帰りの馬車の中でもメドゥラを抱いて離さなかった。



王宮に連れてこられたメドゥラは、ゼシウスの寵妃として迎えられた。ゼシウスは、王妃や、先にいた側妃に目もくれず、毎夜メドゥラの部屋を訪れた。そうして彼女が身籠ると、ゼシウスは宮にいる若い女たちと戯れるようになり、やがてメドゥラが出産した後にやってきてその子をジスと名づけ取り上げた。


「王、待ってください! その子をどうする気ですか?」

「子は乳母が育てるものだ。そんなことはいい。早く体を開け」

「お待ちください陛下! メドゥラ様はご出産後間もない……!」

「黙れ」


主人に覆いかぶさるのをなんとか止めようと思い、二人の間に割って入ろうとした侍女は、ゼシウスに切り捨てられた。


「ああっ!!」

「いったいどれだけ待ったと思っているのだ。早く俺を楽しませろ」

「や、やめっ……ううっ」

「なんだ? 子を産む前とずいぶん違うな。ふん、こんなものか」

「やめてくだ、さい……」

「お前は俺の機嫌だけ取っていればいい。そら、顔を見せて見ろ」


涙を流して嫌悪するメドゥラの表情に歓喜しながら、ゼシウスは彼女を攻め立てた。








「忌々しい……」

「……」


その後メドゥラは、産後の肥立ちが悪くそのまま儚くなった。

ゼシウスは、寵妃だったメドゥラによく似たジスを可愛がっていた。ゼシウスと王妃は政略結婚だったので、王妃が第一王子を産んだあとは、まるで無関心だった。だから王妃は、愛されていたメドゥラと、それによく似たジスを嫌っている。それこそ、戦地で命を落としてくれればと思うくらいに。


「いずれ、思い知る時がこよう」

「……貴女も、気をつけられよ」

「…………ふん」


王妃が回廊を歩き出すと、ジスはそれを見送った。





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