8 / 34
第一章
※第八話 帰還した王子と母の過去
しおりを挟む「なんだ、ずいぶんと遅かったな」
「怪我を治療してもらい、ペガサス殿の元で療養しておりました」
「まあいい。早く職務に戻れ」
「はっ」
ジスは王に帰還報告を済ませ、さっそく溜まった仕事に取り掛からねば、と執務室に向かう。
その途中、王妃エリスがいるのが見えたので迂回しようとしたが、先に気づかれていたようでそれは叶わなかった。
「戻ったのねジス王子。あまりに遅いから、どこぞでくたばったのかと思ったわ」
「王妃……ええ、戦いの傷も無事に癒えました」
「ふん」
王妃は扇で口元を覆う。
キマイラ討伐の遠征に出たとき以来、数ヶ月振りに顔を合わせた二人だった。王妃は、母メドゥラに似てとても美しい顔立ちをしているジスのことが、昔から嫌いだった。
ギリシャスの神女だったジスの母メドゥラは、聖力を持っていたため幼い頃から神殿に入れられ生活していた。聖女となる女性の聖力は神聖力といい、その力はずば抜けて高い。しかし、そこまではなくても聖力を持つものは、神殿に集められていた。そこで生活し、聖女に仕えるのだ。
ある日、ギリシャス国に視察という名の遊興に来ていたゾゼ国の王ゼシウスは、神殿でメドゥラの仕えている聖女と会談していた。そのときゼシウスは、聖女の後ろに控えるメドゥラの美しさに目を奪われ、自分の欲望を満たすために、この国では決して穢してはならない神女に手を出した。
「やめてくださいゾゼ王! 私は神女です! こ、このようなことっ」
「俺が欲しいと思ったんだ。諦めろ」
「そんな……、ああ……あ、あああああ!!」
「ははは! いいな、美しい神女の泣き顔! 最高だ、メドゥラ!!」
深夜、秘密裏に神殿に呼び出されたメドゥラは、そこで純潔を失ってしまった。行為が終わると、ゼシウスはさっさとその場を去っていく。メドゥラは、引き裂かれた服を抱え、泣きながら聖女の部屋に駆け込んだ。ゼシウスにされたことを聖女に告げると、聖女は憤慨し、メドゥラを怒鳴りつける。
「神聖なる場所でそのようなこと! なんとおぞましい!! 神女が男を誘惑するなど……その汚い体で神殿にいられると思うな、メドゥラ。今すぐここを去れ!!」
「聖女様! わ、私は決して……」
「ええい汚らしい! 神兵! 神兵!! この女を神殿から追い出すのだ!!」
「やっ、聖女様! 聖女様っ!! 私は誘惑など!!」
「聞きとうない! 早う連れて行け!!」
元々、ただの神女なのに女神と称されるほど美しいメドゥラのことが疎ましかった聖女は、これを機にと彼女を追放してしまう。
そうして神殿を追い出されたメドゥラは、行く宛もなく途方に暮れた。
何も持たず呆然と、街にある店先で雨をしのいでいるメドゥラの前に、ゼシウスが現れる。
「お前はもう俺のものだ。ゾゼに来い」
「ゾゼ王……」
メドゥラを連れ帰る気でいたゼシウスは、姿を消した彼女を捜していた。メドゥラには、目の前に現れた憎いはずの男がまるで自分を助けに来た英雄のように見えた。
「この体では、もう神殿に戻れません。責任を、取っていただきます」
「はっ、気の強いところも気に入った!」
ゼシウスは、帰りの馬車の中でもメドゥラを抱いて離さなかった。
王宮に連れてこられたメドゥラは、ゼシウスの寵妃として迎えられた。ゼシウスは、王妃や、先にいた側妃に目もくれず、毎夜メドゥラの部屋を訪れた。そうして彼女が身籠ると、ゼシウスは宮にいる若い女たちと戯れるようになり、やがてメドゥラが出産した後にやってきてその子をジスと名づけ取り上げた。
「王、待ってください! その子をどうする気ですか?」
「子は乳母が育てるものだ。そんなことはいい。早く体を開け」
「お待ちください陛下! メドゥラ様はご出産後間もない……!」
「黙れ」
主人に覆いかぶさるのをなんとか止めようと思い、二人の間に割って入ろうとした侍女は、ゼシウスに切り捨てられた。
「ああっ!!」
「いったいどれだけ待ったと思っているのだ。早く俺を楽しませろ」
「や、やめっ……ううっ」
「なんだ? 子を産む前とずいぶん違うな。ふん、こんなものか」
「やめてくだ、さい……」
「お前は俺の機嫌だけ取っていればいい。そら、顔を見せて見ろ」
涙を流して嫌悪するメドゥラの表情に歓喜しながら、ゼシウスは彼女を攻め立てた。
「忌々しい……」
「……」
その後メドゥラは、産後の肥立ちが悪くそのまま儚くなった。
ゼシウスは、寵妃だったメドゥラによく似たジスを可愛がっていた。ゼシウスと王妃は政略結婚だったので、王妃が第一王子を産んだあとは、まるで無関心だった。だから王妃は、愛されていたメドゥラと、それによく似たジスを嫌っている。それこそ、戦地で命を落としてくれればと思うくらいに。
「いずれ、思い知る時がこよう」
「……貴女も、気をつけられよ」
「…………ふん」
王妃が回廊を歩き出すと、ジスはそれを見送った。
0
お気に入りに追加
499
あなたにおすすめの小説
【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」
まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05
仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。
私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。
王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。
冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。
本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!
近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。
「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」
声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。
※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です!
※「カクヨム」にも掲載しています。
婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ
あげは
ファンタジー
「私は、ユミエラとの婚約を破棄する!」
学院卒業記念パーティーで、婚約者である王太子アルフリードに突然婚約破棄された、ユミエラ・フォン・アマリリス公爵令嬢。
家族にも愛されていなかったユミエラは、王太子に婚約破棄されたことで利用価値がなくなったとされ家を勘当されてしまう。
しかし、ユミエラに特に気にした様子はなく、むしろ喜んでいた。
これまでの生活に嫌気が差していたユミエラは、元孤児で転生者の侍女ミシェルだけを連れ、その日のうちに家を出て人のいない森の奥に向かい、森の中でカフェを開くらしい。
「さあ、ミシェル! 念願のスローライフよ! 張り切っていきましょう!」
王都を出るとなぜか国を守護している神獣が待ち構えていた。
どうやら国を捨てユミエラについてくるらしい。
こうしてユミエラは、転生者と神獣という何とも不思議なお供を連れ、優雅なスローライフを楽しむのであった。
一方、ユミエラを追放し、神獣にも見捨てられた王国は、愚かな王太子のせいで混乱に陥るのだった――。
なろう・カクヨムにも投稿
大聖女の姉と大聖者の兄の元に生まれた良くも悪くも普通の姫君、二人の絞りカスだと影で嘲笑されていたが実は一番神に祝福された存在だと発覚する。
下菊みこと
ファンタジー
絞りカスと言われて傷付き続けた姫君、それでも姉と兄が好きらしい。
ティモールとマルタは父王に詰め寄られる。結界と祝福が弱まっていると。しかしそれは当然だった。本当に神から愛されているのは、大聖女のマルタでも大聖者のティモールでもなく、平凡な妹リリィなのだから。
小説家になろう様でも投稿しています。
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
今さら跡継ぎと持ち上げたって遅いです。完全に心を閉ざします
匿名希望ショタ
恋愛
血筋&魔法至上主義の公爵家に生まれた魔法を使えない女の子は落ちこぼれとして小さい窓しかない薄暗く汚い地下室に閉じ込められていた。当然ネズミも出て食事でさえ最低限の量を一日一食しか貰えない。そして兄弟達や使用人達が私をストレスのはけ口にしにやってくる。
その環境で女の子の心は崩壊していた。心を完全に閉ざし無表情で短い返事だけするただの人形に成り果ててしまったのだった。
そんな時兄弟達や両親が立て続けに流行病で亡くなり跡継ぎとなった。その瞬間周りの態度が180度変わったのだ。
でも私は完全に心を閉ざします
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる