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第一章
第五話 妖精とセツコとジスの正体
しおりを挟むベガサスの泉には、妖精がいる。
エコルという名の光の妖精は、セツコとも仲が良かった。
「ジスってすてきなの。見た目だけじゃなくて……とても頼りになるし、私を愛してくれる」
「そう……」
惚気話をするセツコに対してエコルの顔は曇っていた。
「ポーション作りなんかも、素晴らしいって褒めてくれるのよ。村に行くと、私は彼に向けられる女性の目が気になるけど、デレデレしたりしないし。私の仕事を尊重してくれて、手伝ってくれるし見守ってくれるし――」
「……」
「エコル?」
恋人が出来た、とハイになっているセツコだが、数少ない友人の異変にはすぐに気づいた。
「大丈夫?」
「あ、ええ。大丈夫、だけど……」
「どうしたの? 悩み事があるなら力になりたいわ」
「セツコ……」
セツコとジスが共に過ごすようになってひと月が経ち、恋人になってからふた月が経った。
帰らなくていいのか、とセツコが聞いたとき、ジスは無事を伝えてあるから大丈夫だと言った。キマイラ討伐後の休暇だ、とも。
それなら、とセツコは、この世界でできた初めての恋人との時間を大切に過ごしていたが、お互いに過去についてはあまり話していなかった。
セツコは「シェーレの聖女だったが、訳あって国を追われゾゼに逃げてきた」と言った。
ジスは「騎士団に所属している騎士で、今回のキマイラ討伐で手柄を立てたのだ」と言った。
そう、ジスがゾゼ国の王子だということを、セツコは知らなかったのだ。
エコルは元々、代々のゾゼ国王に仕える妖精だった。しかしある時、現王ゼシウスの妃である王妃エリスの怒りを買って王宮を追放されてしまったのだ。それについてはおいおい話すとして、つまりエコルは王子という身分にあるジスを知っているのだ。
セツコがシェーレで王子に婚約破棄されこの地に来たことを知っているエコルは、迷っていた。ジスといて、セツコが幸せになれるのか。身分差に苦しむだけの辛い恋になるのではないか。
「今日はペガさんに差し入れを持っていくわ」
「そうか。セツコの料理は美味いからな。ペガサス殿もお喜びになる」
「ふふっ、そうね」
「薪を取ってこよう」
「ありがとう。火の用意をしておくわ」
見つめ合い、頬を染めるセツコ。楽しげにペガサスへの手土産を用意する二人は、まるで新婚のようだった。
しばらく二人を見守っていたエコルだが、愛し合う様子は本物に見えた。
そのうえで、真実を知らずにセツコが傷つくのはいけない、とエコルはジスが王子だということを話す決心をする。
ちなみにだが、皆が妖精を見ることができるわけではない。このあたりでは、ペガサスとセツコくらいしかその存在を認知できない。ジスは騎士として国内随一の腕を持っているが、魔法やらなんやらにはうとかった。それゆえ、ジスとエコルが意思疎通することはできないので、エコルはセツコに直接話すしかなかったのだ。
「セツコ、聞いて」
「うん?」
「あのね……」
言い辛そうに、それでもセツコの幸せを願ってエコルはジスの身分を明かした。
「どうしても、シェーレでのことが頭を離れない。セツコには幸せになってほしい。ジスは、とてもセツコを愛しているのかもしれないけど……やっぱり、その身分のせいであなたが傷つくことになるのではないかと……余計なお世話かもしれないけど、きちんと知ったうえで、考えてほしい」
「……」
セツコは、静かに聞いていた。
しばらくの沈黙ののち、セツコが話し出す。
「ありがとう、エコル。あなたも王宮で辛い目に遭ったのよね。心配してくれて、嬉しいわ」
「セツコ……」
「よく、考えてみる。ジスの好意を疑ってはいないけど、そうよね。国の中心は……いろいろあるものね」
「……ええ、ほんとにね」
シェーレでの出来事を思い浮かべて、しかしそれは過去のこと、と明るく振る舞うセツコ。エコルも、安心して笑顔を見せた。
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