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第三十三話 解決まで……
しおりを挟む「だから、だって、使用人として来たはずなのに豪華なお部屋に通されて、身ぎれいにされて、高そうなお食事をたっぷり用意してくれて……使用人なのにこんなに待遇いいのかと思ったけど、なんだかそういうわけでもなさそうで……ず――っと客間だし、仕事しろって話にならないし、不便がないかって聞いてくれて、着の身着のままでいたから服とか必要ですって、メイド服とかのつもりで言ったのに、なんか商会がたくさんの品物持ってきて部屋で広げられて、『面倒をみるように』言われているから必要なもの何でも買えとか……そんな、こんな、豪華なお邸で! 食べ物にも困らない! 悪意も向けられない! 好きなものが手に入る夢のような生活があるのかって思ったら……! て、手放せなくてっ…………」
きちんと対応できなかったこちらも悪い、と思いました。
パニラさんとピオミルさんがどういう経緯で我が家に連れてこられたか、わたくしたちの誰もが、知らなかったのです。ヴァルデマールさんも、言われた通りお二人の面倒をきちんとみていた。それしか言われていないのだから、それしかできなかったのですわ。
お父様に事情を聞こうにも、邸には寄り付かないし手紙にも返事をくれない。まさにお手上げ状態でしたから。
そんな中で、使用人として来たと言えなかったパニラさん。当然、彼女も悪いですが、今までのご苦労をお聞きすると、この生活を手放したくないというのもわかります。ピオミルさんには、「ここでお世話になるのよ」としか伝えていなかったようなので、勘違いしてそれが大きく広がって、ピオミルさんがエストルム姓を名乗る状況を作ってしまったのでしょうね。
事の発端は、お父様がお二人を連れてきたこと。だからといって、お父様だけを責めることも……できません。言葉が足りなかったのはそうですが、邸の者と距離を取るのも、エストルム邸に帰れないのも、仕事に没頭するのも、すべてお母様がお隠れになったからですもの。それだけ、愛が深かった、ということ。
「で、終わらしていいんです?」
「責めづらいですわ」
「悪くない悪くないって言ったらそうですけど、旦那様はちゃんと使用人として連れてきたことを言わなかったのが悪い。報連相大事。パニラは、酷い過去があろうがなかろうが、人んちの金にたかりまくって働かずに贅沢していたんだし、詐欺女ですよ。ピオミルは母親に『ここで世話になる』って聞いただけだって話ですが、それでよくあそこまで増長出来ましたよね。母親が後妻になって自分は養女になったからここに住んでるんだ、くらいなら、説明不足なんで仕方ないかもしれないけど、姉の婚約者を奪ってやろうとか婚約者になるとか、あり得ないですよ人として。全員、きちんとした罰を下すべきです」
「罰ってあなた……お父様にも?」
「そりゃあそうでしょう。最愛の奥様が亡くなったからって、エリシャ様がいるし、お兄様方もいるわけですから。育児放棄、これ犯罪。それに、ピオミルに向けられてきた攻撃、全部弾いたり無効にしてますけど、エリシャ様に当たったら死んじゃうやつですよ? あいつは殺人犯!」
「リノ……」
すごい正論を言われました。
たしかに、同情する見方をしなければ、客観的に見れば、そうなのでしょうね。
詐欺罪、育児放棄、殺人罪……。文字で並べるととても物騒ですわ。
「父上、カートナーの言う通りです。全員が、何かしらの罰を受けるよう申し立てますが……よろしいですね?」
「ああ……ああ、そうしてくれ…………」
お父様は項垂れてソファに背を預けます。
入り口にいるパニラさんも、抵抗する気はないようで、泣き崩れて膝を床についてしまいました。
「ピオミルさんは――」
「ピオミル、ピオミルはっ――」
「あの女の罪が一番重い。侯爵令嬢を騙り王子を騙して、王太子には不敬罪だしエリシャに対する殺人未遂罪だ」
「ああ、そんな……ああ…………」
ごめんなさい、ごめんなさい、と誰に言うでもなく空に消える声。
間もなく、パニラさんは拘束され連れて行かれました。
母親がしっかりしていれば、いえ、彼女だけを責められません。ピオミルさんにも、聞く耳がちゃんとあればよかった。あなたはわたくしの妹ではない、侯爵令嬢ではない、何度も言ってきました。
あまりにも聞く耳もたないので、途中で諦めてしまったわたくしも悪い――
「自分も悪かったって思ってます?」
「……心を読まないでちょうだい」
「エリシャ様はちゃんと忠告していた。聞く耳持たなかったのは向こう」
「……ええ」
「母親のほうもそうです。引きこもって出てこなかったのは向こう。エリシャ様は、何とかしようとしていました」
「……ええ、そうね」
そうです。パニラさんについても、どう扱ったらいいのかわからず、かといって話し合いの場も作れずいました。引きこもってばかりいるし、わたくしもなんだかんだ忙しくしていたので後回しにしていて……。
「じゃ、悪いのは三人ってことで、はい」
「え?」
「シャンパン」
「あっ、これは!」
リノにグラスを渡され首を傾げると、彼はシャンパンの瓶を掲げてこちらに見せました。
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「ま、幻の……?!」
シュレイン1017といえば……
100年ほど前の大戦時に、トルティシャ国からジャービーに輸送中だったシャンパンを積んだ貨物船が事故にあい沈没してしまった。その事故で、すべて消え去ったといわれていたシュレイン1017年物……。ですが、近年、オズロ海峡の海中で、破損せず未開封状態のまま数箱発見されたという、奇跡のシャンパンですわ!!
「エリシャ様三位おめでとう会なので奮発しました」
「まあまあまあ! ありがとうリノ! さっそくいただきましょう。さあさあお兄様方にもグラスを」
ヴァルデマールさんはすでに四人分のグラスを用意してくれていました。リノがシャンパンを渡すと、すぐにグラスに黄金の液体が注がれます。
「お父様にも、差し上げて?」
「かしこまりました」
「エリシャ……!!」
ソファで項垂れていたお父様に、ヴァルデマールさんがシャンパンの入ったグラスを差し出します。
「ひどい父親だった」
「ええ」
「寂しい思いをさせた」
「そー……(れほどでもありませんでしたわ)」
「俺が連れてきた女が原因で、怖い思いもさせた……」
「そー……(れほど怖いとも感じていませんでしたけれど)」
「どうか、どうか父に、挽回のチャンスをくれないか?」
「えーと……すでに、いないのが当たり前になっていたお父様と、これから一緒に過ごすということでしょうか?」
「あ、ああ、できればそうしたい」
「ですが、お父様は軍事の要でしょう? 家は守り切れていなかったかもしれませんが、国は確かに守っています。今まで通り、国境をまわるお仕事をなさったほうがよろしいのでは?」
「っ!……」
「それで、たまに邸にお帰りになってください」
「エリシャッ……!」
「たくさんのお土産を、期待していますわ」
「ああ、ああそうしよう。今までの分も、たくさん、抱えきれないほどの土産を……!」
「ええ、楽しみです」
そうして、パニラ&ピオミルの謎は解けました。
パニラさんは、詐欺罪として罪人収容所に10年入れられることになります。
ピオミルさんは、貴族詐称罪、第一王子ギザーク様及び第二王子ギース様に対する不敬罪、そしてわたくしに対する殺人未遂罪。あと、複数の男性と関係を持っていたので不義密通罪も追加され、50年の間、罪人収容所での強制労働を行うという判決が下されました。
お父様は、侯爵位をエドガー兄様に譲り、騎士団の騎士として国境警備にあたるそうです。休みには帰ると言って、また出発なさいました。
そして、婚約者がありながら、ほかの女性と関係を持ってしまった第二王子殿下はというと――
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