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第二十六話 牢屋番ビバーグの苦悩
しおりを挟む「出しなさいよ! なんなのよここはっ!」
「いい加減にしてくれ……」
俺はしがない牢屋番のビバーグ。田舎町出身だ。
王都に出てきてこの職に就いてからしばらくして、安定した収入を得ることができるようになった。だから、そのとき付き合っていた鍛冶屋に勤めているリィリィと結婚することができた。今は子供もいる。
と、俺の話は置いておいて――この牢屋には、罪人がたくさんいる。
第一級だと殺人犯、お貴族様から巨額の金をむしり取った詐欺師、それにスリや商店での盗みの類の軽い罪の者も、ここでは一部屋にまとめて入れられている。
男女では別々だけどな。
そんなこの牢屋に、昨日新しく入れられた女がいる。
ちなみにここは、簡単に言うと平民が入る牢屋だ。お貴族様ってのは、罪を犯しても特別待遇で牢屋も豪華。一度見学したことがある。壁紙なんかは暗めの単色だが、ベッドやソファはふかふかで、食事も普段俺が食べているものより豪華。風呂もついているし、着替えも華美ではないが着心地のよさそうな素材のものだ。
そうそう、昨日ここに来た女ってのが、とにかくフリフリフワフワしたどピンクのドレスを着た女で、お貴族様じゃないのか?って思って兵士に確認したんだ。貴族用の部屋じゃなくていいのか、ってな。
でも、こんなナリしていても平民だそうだ。この牢屋で間違いないっていうから、女の大部屋に押し込んだ。やたら抵抗していたけどな。
そしたら、まあ派手なナリしてるから、先住たちに身ぐるみはがされてな。俺は上流階級だかの流行なんて知らないが、そのドレスが大人気で、あたしのドレスだ私のだ、ピンク可愛いフリフリカワイイ、それ着たいお前にゃ似合わない、よこせよこせと夕べはずっとうるさかった。ここの女どもは、注意しても聞きゃしないからな。
そんで身ぐるみはがされたってのに、その新しい女がずっと騒いでるんだ。主に、ここから出せってな。あんまりうるさいし、そのせいでほかの女たちに何かされたらさすがにマズいから、とりあえず個室に移してやった。長年の牢屋番のカンだ。トラブル回避、これ大事。
記録によると、女の罪は「王族に対する不敬罪」だそうだ。え? 平民なんだよな? 平民が王族に不敬罪って、相当だぞ??
王族になんてまず会えない。建国記念日なんかにとおぉぉくのほうで手を振っている姿を見れるくらいだ。ってことは、なんか悪口言ったのが警備だかに伝わって捕まったか……いや、平民にしてはいいとこの娘なのかもな。ド派手なピンクのドレスを着ていたくらいだし、もしかしたら今王族がいるっていったら王立のセントリュッツ学園か。そこの生徒かもしれん。個人情報は上のほうで管理してるから、こんな下っ端じゃあ知る由もない。
「ねえってば!」
「あーもーうるせえなぁ……」
「あんたね! 私にこんなことして、ただじゃすまないから!」
「いや俺はなんもしてねえよ。ただの牢屋番だ」
「あー……まあ、そうね。確かに、あなたには何もされてなかったわ」
「なんだ、話は通じるんだな。だったらいい加減静かにしてくれ……」
「ねえそれより、ギース様に連絡取ってよ」
「ああ? 誰だよギース様って」
「あんた自分の国の王子の名前も知らないの?」
「王子? 寝ぼけてんのか?」
「寝ぼけてないわよ失礼ね! いいから早くギース様を呼んで! 私は第二王子の恋人よ!!」
「呼ばねえよ……いい加減黙ってくれ……」
「きいぃぃぃぃ!」
やっぱこんなとこに入れられるやつには話が通じねえ。女の金切り声は耳に悪いし精神にも毒だ。いい加減にしてほしい。
牢の見回りを終え、後ろからの罵声はもう気のせいだと思うことにして、入口の詰所に戻る。すると、上階へ続く階段側に誰かいることに気づいた。
「手間をかけるな」
「えっ? ……はい。あ、……はい?」
「エーレンデュース・エストルムだ。宰相補佐をしている」
「え、エストルム卿! で、ございますか」
さすがの俺も、その名前はよく知っている。
エストルムといえば、国事騎士団長がそこの家長のシュトルポジウム侯爵だ。
というか、エリシャ・エストルム様のお姿をお見かけしたことがある。ご兄妹、だよな?
エストルム侯爵令嬢は、チラッとだけ遠くから見たがとんでもなく美しい御方だ。その姿を見て、妖精姫と呼ばれていることに秒で納得した。優雅に馬車を降りてきて、きれいな髪が風になびいて……護衛と思われるやたら顔のいい騎士にエスコートされていたっけなぁ。妖精姫は護衛騎士も最上級なんだなぁ……なんて不躾に見てしまっていたのに、こっちに気づいてニコッて笑顔を見せてくれたんだ。あれは……ん?あの妖精姫さんの婚約者が第二王子だよな?
いや、まったく関係ないだろうけど、この女……あろうことか妖精姫と張り合おうってのか? ピンクのもっさりしたドレスで? 妄想だとしても大概だぜ……。
ちなみに、第二王子がギース・ジャビウスって名前だってことくらい俺でも知っている。ただ、犯罪を犯すような娘が呼んでいる『ギース様』が、第二王子なわけないだろう、って話だ。
「昨日ここに入れた女の取調べを行う」
「はっ! すぐに取調室へ連れて行きます!」
「頼んだぞ」
「はっ!」
俺は、給料分はきちんと仕事をこなす男だ。ギャーギャーわめく女を連れて、牢屋の上階にある個室へ向かった。
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