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第十話 メルセデュース夫人の死と殺された恋心
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メルディ様は、エストルム家の太陽のような存在で、皆に慕われている美しい人だった。侯爵も、とても夫人を愛していたし、愛されていた。宰相の娘ということもあり直接交流もあったし、なによりエリシャの母君だ。私にとっても大切なお方だった。
「エリシャ、母上は女神エレテュイアのもとに旅立たれたんだよ」
「エレテュイアさま?」
「そう。そこで生まれかわる準備をするのさ」
「……またあえるの?」
「そうだね。また……会えるよ」
冷静に話すエストルム家の次男、エーレンデュース・エストルム。
彼のおかげでエリシャは、幼いながらも母の死を受け入れられたようだ。
むしろ、メルディ様の死を受け入れられなかったのは、夫であるシュナイダー・エストルムだろう。葬儀で会ったときの彼の憔悴っぷりは、それはもう酷かった。
私は変わらず学園で、王宮で、忙しい日々を送っていたのだが、ある日エドガーと話しているときに首をひねる事実を知った。
「この休日に、父が女性を連れて来たんだ」
「女性、というと……まさか、もう後妻を?」
「いや、俺もそう思ったんだが、よくわからないんだ」
渦中にいるエドガーにわからないことが、話を聞いているだけの私にわかるわけがなく、一緒になって首を傾げた。
メルディ様が亡くなって一年。エストルム邸に住み始めた女性とその娘。シュナイダー殿は家に寄り付かないようで、いったい何なのか皆が首を傾げている状態だった。
その後、私は最高学年を卒業し、正式に王位継承権を辞退し、兄から公爵位を賜り臣籍降下した。
これで胸を張ってエリシャを迎えに行ける、と思って準備を始めた時、信じられない言葉を耳にしたんだ。
「ジャデリア様、おめでとうございます」
「ええ、ありがとう。エストルム家と縁を結べたなら、ギースの地位は安泰だわ」
「ほんとうに。あの妖精姫がご婚約者だなんて、とてもお似合いです」
「そうね、ほんとうにそうね。エリシャ様がお嫁さんに来てくれるのが、楽しみだわ」
「お仕えする身としても楽しみですわ。とっても飾り甲斐がありそうなお嬢様で」
「ふふふ、美しい義娘とドレスを選ぶ楽しみができたわ」
兄の側妃、ジャデリア妃と侍女の会話から得られた情報を整理すると、『ギースとエストルム家とで縁が結ばれた』、『妖精姫が婚約者』、『エリシャがジャデリア妃の義娘』……つまり、ギースとエリシャの婚約が成ったということだ。
この時の絶望といったらなかった。
確かに、兄王にもエストルム家にも根回しはしていなかった。暗殺の危険がある身で婚約者などと、下手したらエリシャの身も、エストルム家すらも危険にさらすことになる。私の気持ちを知っていたのはエドガーだけだろう。エリシャにも、メルディ様のご葬儀以来会えていなかった。エドガーとも卒業以来顔を合わせていない。
そうして頭の中がぐちゃぐちゃになって、ほぼ放心状態で私は兄に言ったんだ。
「兄上……」
「グイストか? どうした、顔色が悪いぞ」
「私は、冒険者になります」
「は?」
「しばらく、世界を見て回り、未熟なこの身を、精神を鍛えて参ります」
「グイスト? あ、いや、待て!」
「さようなら……」
「おい!」
そして、国の高位の魔導士でも使えるものは限られているほど希少な転移魔法で、私は国をあとにした。
「エリシャ、母上は女神エレテュイアのもとに旅立たれたんだよ」
「エレテュイアさま?」
「そう。そこで生まれかわる準備をするのさ」
「……またあえるの?」
「そうだね。また……会えるよ」
冷静に話すエストルム家の次男、エーレンデュース・エストルム。
彼のおかげでエリシャは、幼いながらも母の死を受け入れられたようだ。
むしろ、メルディ様の死を受け入れられなかったのは、夫であるシュナイダー・エストルムだろう。葬儀で会ったときの彼の憔悴っぷりは、それはもう酷かった。
私は変わらず学園で、王宮で、忙しい日々を送っていたのだが、ある日エドガーと話しているときに首をひねる事実を知った。
「この休日に、父が女性を連れて来たんだ」
「女性、というと……まさか、もう後妻を?」
「いや、俺もそう思ったんだが、よくわからないんだ」
渦中にいるエドガーにわからないことが、話を聞いているだけの私にわかるわけがなく、一緒になって首を傾げた。
メルディ様が亡くなって一年。エストルム邸に住み始めた女性とその娘。シュナイダー殿は家に寄り付かないようで、いったい何なのか皆が首を傾げている状態だった。
その後、私は最高学年を卒業し、正式に王位継承権を辞退し、兄から公爵位を賜り臣籍降下した。
これで胸を張ってエリシャを迎えに行ける、と思って準備を始めた時、信じられない言葉を耳にしたんだ。
「ジャデリア様、おめでとうございます」
「ええ、ありがとう。エストルム家と縁を結べたなら、ギースの地位は安泰だわ」
「ほんとうに。あの妖精姫がご婚約者だなんて、とてもお似合いです」
「そうね、ほんとうにそうね。エリシャ様がお嫁さんに来てくれるのが、楽しみだわ」
「お仕えする身としても楽しみですわ。とっても飾り甲斐がありそうなお嬢様で」
「ふふふ、美しい義娘とドレスを選ぶ楽しみができたわ」
兄の側妃、ジャデリア妃と侍女の会話から得られた情報を整理すると、『ギースとエストルム家とで縁が結ばれた』、『妖精姫が婚約者』、『エリシャがジャデリア妃の義娘』……つまり、ギースとエリシャの婚約が成ったということだ。
この時の絶望といったらなかった。
確かに、兄王にもエストルム家にも根回しはしていなかった。暗殺の危険がある身で婚約者などと、下手したらエリシャの身も、エストルム家すらも危険にさらすことになる。私の気持ちを知っていたのはエドガーだけだろう。エリシャにも、メルディ様のご葬儀以来会えていなかった。エドガーとも卒業以来顔を合わせていない。
そうして頭の中がぐちゃぐちゃになって、ほぼ放心状態で私は兄に言ったんだ。
「兄上……」
「グイストか? どうした、顔色が悪いぞ」
「私は、冒険者になります」
「は?」
「しばらく、世界を見て回り、未熟なこの身を、精神を鍛えて参ります」
「グイスト? あ、いや、待て!」
「さようなら……」
「おい!」
そして、国の高位の魔導士でも使えるものは限られているほど希少な転移魔法で、私は国をあとにした。
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