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23.「ロータルさんは、素晴らしい腕前だな。」

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キラキラしい装いのルトガーを伴って応接室に入るシュテファニ。二人が席に着くと、ユジルが指示してお茶や軽食が置かれていく。


「今日は、あなたの結婚について決まったことがあるので伝えにきた。」


用意されたお茶をひと口飲んでから、ルトガーは話し出した。贈り物の山は、侍従たちによってエントランスに積まれている頃だろう。


「まあ、決まりましたのね? ありがとうございます。」

「ああ、その……、よかったら少し庭に出てもいいか?」

「庭に? ええ。今は春バラが見頃ですから、どうぞ、ご案内します。」

「ありがとう。」


なにかここでは言いにくいことがあるのだろうと悟ったシュテファニは、ザビについてこないよう合図を送り、ルトガーと二人で庭に出た。ザビもユジルもルトガーの腕前は知っている。ついでにシュテファニ狂なのも知っていたので特に危険もないだろうとそのまま控えることにした。ザビ的には別の危険はあるかもしれない、と一抹の不安はあったがその気持ちには蓋をした。


現在アイブリンガー邸の庭には、以前ルトガーか訪れた際に目にした見事な藤棚のほかにも、春バラや、ハート形の可愛らしい花びらが特徴的で香りもよいライラックが、円錐形に房になって小花を咲かせている。紫色、紅色、白などで目を楽しませてくれた。

その中を二人は歩きながら、シュテファニが時折花や樹木の説明をしている。それを受けながらも、どこか落ち着かない様子のルトガーだった。


「退屈でしたか?」

「いや、どれも見事だし、あなたの知識も素晴らしい。」

「ありがとうございます。」

「(か、かわいい。)」


庭を褒められて上機嫌で笑顔になるシュテファニ。それを見てルトガーは、ニヤける頬を隠した。


「うちの庭師のロータルさんは、花の見せ方がとても上手なんです。」

「あ、ああ。ロータルさんは、素晴らしい腕前だな。ひとりでこの庭を?」

「いえ、今は弟子を取って手技を伝授しながら一緒に手入れをしてくれていますわ。弟子はクンツと言いますの。」

「そうか、クンツはいい師匠を持ったのだな。」

「ええ。ロータルさんもクンツのことを孫のように可愛がっていますから、楽しそうでよかったです。」

「そうか。」


庭師のことは正直どうでもいいのではないかと思うが、ルトガーはシュテファニが話してくれることにはすべて興味を持って聞いている。
学生時代、学園で魔道具部に入り、領民が気軽に使える魔道具の開発に勤しんでいた彼女の話も、わからない単語が多かったがとても興味が湧いて自分でもいろいろ調べたな、と思い出す。
学業に、仕事に、人付き合いに魔道具開発まで手がけて、その思いや姿がやはりとても好ましかったと思った。


「そう言われれば、その頃にはもう好きだったんだな。」

「え?」

「シュテファニ嬢。」

「は、い。」

「俺は、あなたが好きだ。」

「……えっ?」

「突然で驚くだろうが、俺は、シュテファニが、好きなんだ。」

「まあ。」

「今思い返してみたが、やはり、学生時代から好きだったんだ。」

「そう、でしたの?」

「ああ。あの頃は、あなたにはもう婚約者がいたから、無意識に気持ちに蓋をしていたようだ……。」

「まあ。」

「しかし、今回のことで、あなたはとても嫌な思いを、怖い思いをしたことはわかっているんだが……私には、絶好のチャンスだったんだ。」

「あら……。」

「結婚相手を用意すると言ったが、それは私だ。公爵家も婚約者であったフェーベ令嬢も、弟に引き継いできた。

どうか、この想いを受け入れてくれないか?」

「ルトガー様……。」


ルトガーは、自分の想いを素直にそのまま伝えた。そして、自分が婿入りするのに邪魔なものはもうないんだとも。
シュテファニは、そんなルトガーを瞳をうるわせて見上げる。


「ありがとうございます。やはりアイブリンガーに婿入りするのが可能な家は、なかったんですのね。」

「……ん?」

「人事院から、結婚が可能な貴族の情報は渡せないと言われたときはどうしようかと思いましたの。でもルトガー様が結婚相手を見つけてくださるということでお待ちしていました。でも……」

「……え?」

「見つからなかったのですね? それで、男に二言はない、と……無茶してくださったのですね?」

「……??」

「婿入りするものが見つからなかったといって、でも約束したからと……ルトガー様ご自身が婿になろうと……。ずいぶん無茶をなさって……。」

「あ、いや……」

「ありがとうございます! お気持ち大変嬉しいですわ。どうぞ、末永くお願いいたしますね。」

「あ……う、うん?」


斜め上に勘違いしたシュテファニ。
彼女の中では、アイブリンガー家に婿入りできる人が見つからなかったから、でも用意するって言っちゃったから、じゃあ自分がなるよ。男に二言はない! と、ルトガーが婿入りするに至ったと思ったのだ。
愛だの恋だのは、まるで伝わっていない様子。そこはライクで済まされたようだ。「私もずっとルトガー様のことは好ましく思っておりましてよ」と返されたからそうだろう。
総務省に行って、アイブリンガーに回せる結婚可能な貴族リストを差し止め嘘の返事を書かせたことが仇になったようだ。


告白して恋人になって結婚を申し込んで婚約期間を経て結婚! という予定は大幅に狂ってしまったが、シュテファニはルトガーの婿入りを受け入れた。

つまりはもうシュテファニと結婚することは決まったのだ。

伝わっていないのならこれから伝わるようにすればいい、と気持ちを切り替えたルトガーの『愛してる恋してる好きだよ大作戦』は今、始まるのだった。




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