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戦争編〜第四章〜

第191話 ここからは確率の問題です

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「状況が! よく分からないのですけど!」
「エリィはいつも考えるすてないから把握した所で意味は皆無でしょ」
「は、確かに……!」

 少女達。と言ってもエルフの方の見た目はリィンより多少は上に見えるが、会話の内容が幼女だった。

 そんな少女達が現れた円卓の間で、べナードは苦虫を噛み締めたような顔で打開策を考えた。勝率の高い方法を。


 クアドラードに潜入してから十数年、カジノの運営に幹部以下のスパイの手引きや資金源のやりくり、そして貴族を相手にし地下闘技場の運営。べナードは、めちゃくちゃ忙しかった。睡眠を削る日もあったし朝から晩まで書類と格闘し、普通の従業員には言えないあれやこれを内密にこなしていく。もう、時間がないにも程があった。
 そんな男が自分の戦闘訓練を出来ると思うのか、答えは否。筋トレ程度なら自室で出来るかもしれないが、娯楽施設のオーナーであり金にがめつく野心はあれと慢心があり警戒されるもギリギリ対処されないキャラを作る上では『身体能力の向上』など切り捨て対象であった。むしろあっては困る。油断を誘えなくなる。

 よって結論。レヒト・べナードは自分より若手のルナールより弱くなっている。

 所謂ブランクというものだ。昔は普通に戦闘狂だったという歴史は今ここに封印しておこう。この歴史をバラすやつの口封じもいつかは殺りたいものだ。


「貴女は……私のギルドに居ましたね。カジノのゲームはやり方が分からずやらなかった様ですが」
「……! よく、覚えてるですね」

 べナードは記憶力と観察力に優れている。
 己を知り敵を知れば百戦危うからず。べナードが幹部で居続けたのは単純な強さもだが、無駄なものを好みながらも慢心を知らぬ警戒が理由だった。

 まぁもっとも。エリィのことを覚えているのには他の理由がある。

「そりゃまあ」

 ルナールの連れ、ですからね。
 その意味を込めてべナードは笑みを浮かべる。エルフの方は気付かない様だが、リィンは言葉や表情の裏を読み取るのが上手いらしい。気付いてしまったようだ。

「エリィですわ、覚えておきなさい!」
「エリィ様ですね。私のカジノにおいでの際はスタッフに一言下さい、やり方をお教えしますから」
「そう、覚えておくわ!」
「……はぁ…………おばか……」

 同意である。

 関わるのはまっぴらごめんであるが面白い娯楽として見ているリィンと同じ意見というのは心底嫌であるが、頷いた。
 他国のスパイの隠れ蓑に戻れるわけが無いというのに。
 プライドの高い貴族のように振る舞う癖に、馬鹿にされた事に気付かないのはエルフという種族のせいか個人の性格か。

「さて、リィンさん。ここは私に任せていただいてもよろしいですか?」
「え、うん、元々そのつもりぞ」
「やったわ! 私もまかせて貰えるくらいに頼り甲斐があるのね!」

 ……それは、どうだろうなぁ。
 べナード的な見立てで、リィンは他人を生贄に差し出せれるタイプだ。実行もする。ただ情に厚いから、自分が傷付きたくないからそうならないように行動するだけで。

 実際その予想は当たっているだろう、リィンの顔は菩薩の悟り顔だった。おい。

「べナード。エルフの魔法は厄介ですぞ、何より私と違って制限ぞ無きなのが」

 お前も大概制限無いだろ、という言葉はグッと飲み込んだ。魔法の使えない人間を選択した以上ちょっと魔法に関して理解を深めるのは嫌だ。


「さぁ精霊、私の血を分け与えますわ。黙って私に従いなさい」

 その言葉にリィンが駆け出した。
 それを追おうとしたが、べナードはエルフから視界を外すことができなかった。

「……は、まじです?」

 いや、本当にリィンと同じ意見なのが不服以外何ものでも無いのだが渋々同意する。

「魔力や魔法など分からなくても、流石に分かりますよ、やばいって事」
「それじゃべナード健闘ぞ祈る!」
「あ、おま、逃げたな!? 俺じゃなくてエルフから!」

 思わず昔の口調が飛び出るくらいには。

 リィンが窓から飛び出して上へ飛んでいく。まるでジャンプをしたように。2階の休憩室から入るつもりだな。


 それよりべナードは目の前の敵を見た。

「我を呼び出したのは……汝か。まだ幼いエルフ……なるほど……エルフの祖の直系か」

 赤い、燃えるような身体。明らかに生きていない、生物としての概念からかけ離れていると直感的に感じる高位な存在。

「我は火を司る精霊の最高位、イフリート。我が召喚主よ、望みを言え。ひとつであれば叶えてやろう」
「ふふん! どうです! 私、召喚術は得意ですの! あの、だけど、えっと、ちょっとやり過ぎましたわね」

 あっ、良かった、これ偶然の産物なんだ!
 心底安堵の息を吐いた。現状は何も変わらないのに。


 べナード、ここで悟る。

「(これ、勝率ほぼ0だな)」

 確率の問題というか本能で分かる。戦闘をしたってまず勝つことは出来ない。というか魔法系統の話なのに魔法に優れているであろうリィンが逃げる段階でもうめちゃくちゃ察する。

「(だが、諦めてやるほど可愛い性格はしてないもので)」


「えっと、望みですわよね。うーん」
「──エリィ様」

 呑気に悩んだエリィの姿。命令を下さぬ内にべナードは交渉を切り込んだ。

「ひとつ、ここは野蛮な方法ではなく運で勝負を決めませんか?」
「運? じゃんけんでもするのかしら?」
「……いいえ、これを使った、運試しのゲームです」

 べナードは懐から小ぶりの銃を取り出した。

「この銃は本来なら弾が六発、装填……入れることが出来ます」
「……?」
「ただし。今回は弾がひとつしか入ってません」

 エリィの幼さを見抜いてべナードはわかりやすい説明を心掛ける。

「ルールは簡単です。この銃で、自分自身を撃ちます。そして当たった方が負け」
「当たった方が、負け」
「はいそうです。お互い交互に撃っていきましょう」

 ニッコリ笑顔で、詐欺に近い言葉でべナードは説明する。

「最低1回、自分のターンなら何回でも自分に向けて撃っていいですよ。相手が当たる可能性が高くなりますから」
「つまり、私の時になってから、2回撃つのもいいのね」
「はい、エリィ様が撃てば、次は私の番。と。あ、もちろん私が2回撃ったからといってエリィさんも2回撃つ必要は無いですよ。最低、1回」

 この説明の仕方であれば、エリィは2回撃つ方が勝つ確率が高くなるのだと勘違いしてしまうだろう。
 幼いが故に、気付かない。

 弾の確率は6分の1ではなく、その一発が出るか出ないかの2分の1。その半分の確率の運試しをする回数が増えるか減るか、だ。

 自分が沢山撃ったら相手の当たる可能性が高くなる? それは確かにそうだ。自分が生きていたら、の話で。

「いいですわね、乗ったわ!」

 べナードは内心ほくそ笑む。
 自分が撃つ時は致命傷になる場所を避ければいい。幼いエルフがそれに気付くかはさておき、べナードはカジノ時代からこの運試しを楽しんでいた。

「さて、先行はどちらにしますか」
「じゃあ私からやるわ」
「えぇ」

 べナードはシリンダーを回転させ、運を天に任せる。
 見ているかも分からない神に。神使の名を冠した自分の運命を。

 ま、死ぬつもりは持とうもないが。

「これは、この指を引っ掛けるところをカチッと引くと撃てますよ」
「ありがとう!」

 操作を教えながらべナードは優しい笑みで銃をエリィの胸元に突きつける形で持たせる。

「銃口を自分につけると撃ちやすいですからね」
「分かったわ。私の次が貴方なのよね」
「えぇ」

 べナードは頷く。
 当たりはひとつ、外れはいつつ。外れはひとつ、当たりはいつつ。べナードにとって、エリィにとって、命をかけた運試し。



 そしてエリィは引き金を引いた……!


──カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ!


 5回・・連続で!


「……………………へ?」

 思わず間抜けな声を出すのはべナードだ。

「最低1回だけど、何回でも撃って良かったのよね? さあ、次は貴方の番よ!」

 放心状態のべナードの様子にエリィがオロオロとし始める。エリィの背後でイフリートが呆れたような視線を向けているのに気づいてない様子だ。

「あの、私何かルールを間違えまして?」

 弾の入ってない五発。それを連続で、しかも躊躇いもなく引き当てた! べナードにとっての外れを! なんの文句も駆け引きの余地もないほど、その運で引き当てた!


 べナードは今、感動していた。

「私の……完全敗北っ、ですよ……!」

 神に愛されし豪運。
 文句も言えない程の完敗。

 これはもう、認めざるを得ない。己の敗北を。
 勝つ為に選んだ勝率の高い道に、確率で負けたのだ。

「じゃあ私、勝ったのね!」

 嬉しそうに顔を崩す幼いエルフに、思わず頭を押さえた。




「所で躊躇いも躊躇もなく良く撃ちましたね」
「おかしなことを言いますわね。ふふん、私リィンさんのお陰で学んでますのよ! こういうのってハッタリなのでしょう!」
「……。」
「残念でしたわね、見破りましたわ! リィンさんって前もそうでしたのよ。この国に来て魔法が使えないのに魔法が使えるふりで脅してましたもの、だれとは言いませんが……。って、なにしてますの? 銃を窓の外に向けて……」

──バァンッ! バリィン!

「きゃあ!?」
「……リィン様の事は人類の例外と思いなさい。このゲームはハッタリではなく、本当に弾が入ってましたよ」
「………………きゅ」
「きゅ?」
「きゅぅ……」
「あ、ちょっと!? 気絶したいのはこっちなんだが!?」
「我が召喚されたのに最後まで無視したな……ふつうに還るぞ?」

 部屋の隅で転がされていたクラップはなんかいたたまれなくなって寝た。現実逃避では無い。ないったらない。
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