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戦争編〜第四章〜

第189話 逃げるが勝利の近道

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 ビシッ! 鞭の鋭い音と床を避け回る靴の擦れる音が廊下に響く。

「……はぁ! はぁ!」
「中々にしぶといじゃん」

 場所は地下階段前。
 グレンとシンミアが戦闘を……。いや、獲物をいたぶるような一方的ないじめを行っていた。

「ちっ!」

 グレンは垂れ流す汗を拭う暇も無いほど必死に避け回る。鞭自体はそこまででなくとも、鞭の先端に突かれれば恐らく頭蓋骨は簡単に穴が空く。

 だから必死だ。床に落ちる汗のせいで足を滑らさないか気になる所だが、それすら対策する暇が無い。

「いい加減気付けよ。俺とお前じゃ、天と地の差があるの。ははっ、ざぁこ」
「クッッッッソガキ!」

 ぜぇはぁと息を荒くしながらグレンは明らかにバカにするシンミアを睨みつける。

 式神の残りの枚数は3枚目。グレンの持っていた2枚とリィンに返された2枚。リィンを逃がす為に1枚使ったのだ。……式神が決め手になるのは分かっている。問題は、それを使うタイミングを、策を考えることだ。

「……俺さぁ、綺麗なものが好きなんだよ」

 シンミアは必死に汚く生き足掻く男を見下ろして言った。

「まぁ? なんせ? 俺は世界で一番可愛いから、この世界に俺以上に可愛いものなんて存在しないから、俺に釣り合うのは綺麗で美しいもの位だけだからなんだけどね」

 ドヤ顔で宣言する。
 グレンはその言い分に納得しかけていやいやいやと頭を振った。

「(いやリィンの方が……。うーん、これは言ったら逆上するだろうな)」

 実は案外余裕なのかもしれない。

「魔法ってのはさぁ、汚ねぇの。人間の汚れた所を集めて、人を悲しませて、苦しめて、泣かせるさいっっていな原因。ねぇ、なんで分からないの」
「確かにっ! そういう面はあるかもな……っ! 残念、っ、ながら、俺はその場面に、出会った事が、ない、だけでぇっ!」

 グレンは歯を食いしばりながら避ける。
 後衛である魔法職の体力を馬鹿にしないで欲しい。前衛にとっては遅くてもこちとら必死なんだ。

「なら」
「──でもなぁっ! ぜぇ……ぜぇ……」

 グレンは一呼吸置いてシンミアを見た。

「魔法は、人の努力の成果で、人を楽しませて、救って、笑顔にする事が出来るっ! んだよ!」

 魔法の認識について、どちらが正しいとか悪いとか、決められるものじゃない。


 グレンは式神を握りしめて魔法を唱えた。

 「見せてやるよ、お前が切り捨てた、死霊使いの魔法がどんだけ凄いのかっ!」



 ==========





「えいや!」

 喰らえ開幕ファイアボール!
 私はクラップの顔面に向かって炎を叩きつけた。

「ふんっ!」

 ……挨拶程度だったとは言えど拳でぶん殴って魔法を散り散りにするのやめて貰えます? もれなく魔法職の心が折れる。

「姫さんよぉ、挨拶もそこそこに普通魔法をぶつけてくるか?」
「え……躊躇う必要ぞあるです? こちとら時間は少なきなのですよ」

 いやまじ敵本陣にいるんだから時間かければかけるだけ不利なんだわこっちは。
 仲良しこよしターンが終わってるのは、私もクラップも理解してるんでしょ。今度は……っていうか今は命の奪い合いなんだって。

「……いや無駄を省くにしたって人の心が無いんですか? 流石は魔物」
「罵倒する言葉の語彙力魔物しか無きなのですか? 頭と語彙力、足りるすてる?」
「リィン様にだけは言語に関してあーだこーだ言われたくないんですがね!?」

 流れるようにべナードに喧嘩を売られたので売り返した。誰の言語が不思議語だ。

「姫さん、色々始める前に一つ聞いておきたいことがある」
「……はい?」
「いやまあ聞きたいことは一つどころかなんぼでもあるんだが」

 クラップは武器を手にしているにも関わらず私に攻撃を仕掛けようとしなかった。

 宣言通り、クラップは私に質問を投げかけた。


「想い人に会えないのは、今もまだ嫌か」

 ……。
 そりゃ流石にバレてるよねぇ。

 クラップは国境基地で私に『裏切り者にされて嫌な事は何か』と問いかけた。それに対する回答は『会えないこと』だ。
 その会話を今でもまだ覚えているのだ。

 そして、その『想い人』が誰か、も。

「今は、嫌というするより」

 私はクラップに答えを返した。

「……再会一発目に『やーいお前のファーストキスクライシスー』って言うするの楽しみでしかない」
「ぶっっほぁ!」
「…………今めちゃくちゃ姫さんの想い人がルナールで良かったと安堵した」

 あ、もしかして想い人がクラップじゃなかったのに地味にショック受けてたりとか……。

 ……。はい、分かったからその表情から思考回路読みといて殺気立つの止めて。

 いやぁ、海蛇のアダラだっけ。あの女に飲まされた自白剤で漏れ出た時は自分でも流石に驚いたよね。アダラもめちゃくちゃ複雑そうな顔してた。


 その時に自覚したよ。

「──人を貶めるするのって、楽しき……!」
「魔法とか以前に姫さんは人間という括りに入れちゃだめな気がするんだが気の所為じゃねぇよな」
「だって異世界人だもん☆」
「そんっっっっっっっっなに俺の逆鱗撫でくりまわして楽しいか!?」

 そういえば転生がどうして異世界人の括りに入らないのかグレンさんに聞きそびれたな!

「遺言位は聞いといてやるよ姫さん!」
「ではファルシュ領主様に『仕留め損なってんじゃねぇぞこの童顔野郎』って」
「それ俺を殺す為に言ってんな?」

 クラップが仕掛けてきた攻撃が私の鼻先をかすめる。一歩下がって避ければ体力の消耗は少ない。精神はガリッガリに削れるけど。

「べナードはっ!」
「あぁお構いなく。まだ完治してないようですし、万が一、クラップさんが倒れた場合私が相手をしようと思っているだけですから。部屋の隅で大人しく貴女の動きを観察してますよ」

 それはめちゃくちゃお構うんだが!?
 くっそ~! グルージャ邸での戦闘でもそうだったけど、べナードってじゃんけん後出しタイプだよね! まじこいつ放置すればするだけ厄介になるやつ!

「生憎と長年の潜入生活で訓練時間が設けられず、ルナールさんより弱っちいんですよ」
「……姫さん。あの言葉は事実かもしれねぇけどあのデコ助昔はイキリ散らして角材とか片手にそこら辺荒らし回ってたからな」
「余計な黒歴史漏らさないでくれます?」

 両手で持つのもきついだろう大剣をクラップは片手で振り回す。私は円卓の机の下に潜り込んだり、椅子を盾に必死に避けた。

 まじ、魔法に集中出来る隙を与えてくれない。

「クラップ! 私も一つ、聞きたき事あるですけど!」
「あぁ? ルナールの場所なら教えねぇぞ」
「お前の、ことぞ!」

 ダァン! と叩き落とされる大剣。ひぇ、机叩き割りやがった……。中華包丁でまな板を両断するようなもんだよねこれ。

 クラップはゆっくりした動きで私を見た。
 おっと、これは一応聞いてくれるやつだな。

 だから私は口元に手を当てて笑顔で問いかけた。

「──私に、絆されるすてたぁ?」

 クラップの表情が凍りついた。


 私の見立てでは絆されかけていた。僅かでもその吉兆は見せていた。
 それを自覚しているかしてないかは分からないけど、自覚させるように誘導をした。

 さぁ、聞かせてよ、スパイ疑惑のある少女に油断していた自覚があるのかどうか。
 ほら、気付いてよ、私の天然癒しキャラっぷりが養殖の演技だったってことをね。



「姫さんよぉ……」

 ……情を思い出して欲しくて問いかけた、ってのはあるけど。
 クラップは冷静にさせるとだめなタイプだ。ある程度短絡的になってもらわないと。
 戦闘能力はもちろんめちゃくちゃ高いけど、長年幹部で指揮官やってるんだから戦術も組めるはず。

 クラップは大剣を握りしてる。あっ胃痛がします。

「…………よっっっっぽど死にたいらしいな」

 それだけは無いです。
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